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良い奴だな




「笠松、今日はちゃんと苗字さんに謝れよ」
「……は?」

 朝練を終えて教室へ向かっている途中、オレの右隣を歩く森山が言った言葉が飲み込めず首を傾げる。

「何でオレがあいつに謝るんだよ…?」
「何でかって…!? おい笠松!! お前は昨日、苗字さんを置き去りにしたんだぞ…忘れたのか!?」

 ああ、昨日のアレは悪夢じゃなくて現実だったのか…と遠い目になる。
 苗字の味方である森山は、女心が解っていないとオレを責め立て始めた。勘弁してくれ。はっきり言って、金輪際苗字と関わるのは御免被るんだよ。
 だいたい、昨日勝手に帰ったのはあいつの方じゃねぇか。オレがどうこう言われて堪るか。

 助けを求める視線を左隣を歩く小堀に向けると、困ったように笑って頬を掻いていた。

「でも、森山の言う事も一理あるな」

 小堀まで…。オレは足を止め、表情筋を硬直させる。すると、小堀は間をあけて話を繋げた。

「昨日、離れたところからお前達の様子を見ていたんだけど…ちょっと揉めてた感じがしたからさ」
「……」

 そういやオレ、異性相手に気持ち悪いって言ったんだよな…。男にもあまり言わないような酷い言葉をぶつけた。傷付いてもおかしくないし、普通なら謝るべきだ。だけど…何でだろうな、あいつに謝る行為は無駄な気がすんだよ。
 昨日の昼休み、小堀は委員会でいなかったから、オレが屋上に呼び出されていた事も苗字が変人だって事もまだ知らない。話しておくべきか?

「…苗字は、」
「うん。何かな、笠松くん」
「うおあああ出たあああ!!!」

 後ろに苗字がいて、話は中断された。どこぞの透明少年かと思ったが、森山と小堀に然程驚いた様子は無い。気付いていなかったのはオレだけだったようだ。

「苗字さん! おはよう」
「おはよう、森山くんと…小堀くんだよね?」
「え? オレの名前知ってたんだ?」
「もちろんだよ、去年同じクラスだったんだから。席が遠かったから話せなかったけど…」

 苗字が会話に入り、オレは疎外感を食らった。森山も小堀も何楽しそうに喋ってんだよ。オレもいるだろ、勝手に笑い合ってんじゃねぇよ。
 苗字に無性に腹が立つ。オレのチームメイト取りやがって畜生。でも、女だというだけでオレから話しかける事は儘ならない。

「笠松くん」

 悩んでいるオレを苗字が呼んだ。短く叫んで目を背けてから、どうしたのか訊いてみる。凄い吃っちまったけど、苗字にはなんとか伝わった。

「今日も、バスケ部に行っても良いかな。昨日のお話の続きがしたいんだ」

 時間をたっぷり使って苗字の方を向く。心無しか、昨日より表情がはっきりしている。苗字の傍らでは、森山がガッツポーズをして喜んでいた。そりゃ、お前は嬉しいだろうな。
 オレは正直来てほしくない……が、昨日がダメだった分、今日こそは向き合うんだと自分に言い聞かせる。

「……来てぇなら来れば」
「ありがとう」

 お礼を言われたところで予鈴が鳴った。

「あ…! 森山くん、うちのクラス1時限目体育だよね」
「そうだった…! 急ごう、苗字さん」
「うん」

 森山と苗字は早足にその場を去っていった。遠ざかる大小二つの後ろ姿を眺める。朝っぱらから疲労困憊なのは、朝練をこなしたからか、それとも苗字を相手にしたからか…。

「きちんと部活後に時間をもらって仲直りするつもりなのか…。苗字は良い奴だな」

 何故そうなる小堀。お前の方が良い奴だよ馬鹿野郎。
 オレ、苗字と和解する気これっぽっちもねぇよ。そもそもオレら喧嘩なんかしてねぇし。

 まあ良い。今日は時間的にも気持ち的にも充分余裕がある。しっかり臨戦態勢を整えてから放課後を迎えよう。








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