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とても好印象




「嫌だ!!!」
「何言ってるんだ。苗字さんは笠松のために待っていてくれたっていうのに…」
「オレは頼んでねぇ!!!」

 練習後。森山に捕まったオレは、半ば強制的に苗字と対面する事になった。
 泣きそうになりながら抵抗する姿は、さぞかし滑稽に見えた事だろう。けど、仕方ねぇんだよ。誰しもオレの立場なら嫌がっているはずだ、あんな女との面会なんざ。


「苗字さん!」
「森山くん、笠松くん」

 苗字は、体育館の外で静かに待っていた。
 森山が浮かれた声で呼ぶと、苗字はテケテケとこちらへ向かって来た。オレは思わず後退る。昼休みのトラウマはそう簡単に忘れられるもんじゃない。

「待たせてごめん」
「ううん。今日も誘ってくれてありがとう、森山くん」

 森山と苗字の間で繰り広げられる会話が普通過ぎて逆に恐い。苗字はさっきまでの無表情が嘘のように穏やかに笑っている。

「ほら、笠松も何か言えって!」
「あぁっ!?」

 森山に背中を押され、オレは苗字の前に放り出された。
 逃げ出したくなるのをギリギリのところで踏みとどめる。今日のうちに話を着けないと、また森山がこいつを誘いかねない。

「森山くん。笠松くんと二人でお話したいんだけど、良いかな」

 苗字の言葉にオレの思考が止まった。コテンと首を傾げた苗字を見て、「君がそう言うなら!」とキザっぽく言った森山の頭を叩く。
痛がっていたが奴の回復は早く、笑顔で手を振って体育館へ戻っていった。

「……」
「……」

 苗字は森山を見送ると、すぐにオレを見上げた。
 二人きりの沈黙が気まずい。周りには黄瀬のファンが少し残っていたり帰ろうとする部員がいたりするのに、切り離された空間にいる気分になる。

「あ、あの…昼休みは勝手に帰って、悪かった」

 何か話さなければと焦って、とりあえず昼休みの事を謝罪してみる。苗字はきょとんとして、またコテンと首を傾げ、「どうして謝るのかな」と咎めない口調で言った。

「昼休みの笠松くんはとても好印象だったんだけど」

 ますます混乱した。逃げただけのオレは何かした覚えが全く無い。理由を聞き出したいが、言葉がつっかえて上手く出てこない。
 苗字はそんなオレを察してか、穏やかな笑顔を浮かべて続きを言った。

「あの時の、ゴミ虫を見るかのような目付きは最高だったよ。でも、やっぱりその良い脚で蹴ってもらうのが私は一番興奮するかな。森山くんがやられたみたいに殴られるのも気持ち良さそう」




 苗字に、戦慄した。




「あ…話変わるけど、笠松く「気持ち悪ぃ!!!!」

 オレは暴言を吐き捨てて体育館に走った。これ以上聞いたら耳がおかしくなる。
 ああ、結局何も解決しなかったな……。


 その後、森山に「女の子を放置してくるなんて有り得ない」と叱られ様子を見に戻った時には、苗字の姿は消えていた。








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