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やりづれぇ




「今日のオレは苗字さんのために頑張る」

 部室での森山の第一声から、苗字を呼ぶ事に成功したのだと知ってオレは肩を落とした。
 今日は五対五のゲームをするから黄瀬のファンが殺到する。そこに苗字まで来るなんて考えたくも無い。果たしてオレはプレイに集中出来るんだろうか。

「笠松、元気無いな。大丈夫か?」
「小堀…」

 いけねぇ。オレが落胆していたら、小堀や他の連中に気を遣わせちまう。オレは「そんな事ねぇよ」と平然を装って、着替えを始めた。

「そんなに苗字が嫌なのか?」

 二度目の問いかけに、ロッカーの中に手を突っ込んだまま静止する。小堀の口から苗字というワードが飛び出すとは思ってもみなかった。
 やめてくれ小堀。いくらお前が良い奴だからって、あんな気持ち悪い女子のフォローなんかしなくて良いんだぞ。

 そこに、練習着姿の森山が嬉々とした表情でやって来た。

「小堀も苗字さんを知っていたのか…! 意外だな」
「2年の時に同じクラスだったんだ。一度も話さなかったけど」

 苗字が異性に興味無いというのは本当らしい。

 森山の事は小堀に任せて、着替えを再開する。…何で二人してオレを期待した目で見てくんだよ。こんな気分が悪い練習前は久し振りだぜ全く。









 バスケットボールの感触、バッシュのスキール音、体から吹き出す汗、練習着の着心地、黄瀬のファンの歓声、仲間のかけ声。
 いつも通りの練習風景の中、ただひとつ違うのは苗字が体育館の入口の端でオレを凝視しているという点だ。
 額の汗を拭うふりをしてそっと見てみると、綺麗な瞳がオレを捕らえていた。昼休みの恐怖が甦る。

「笠松! 苗字さんがオレ達を見つめてるぞ」

 どうポジティブシンキングすれば見つめられているという発想に至れるんだか教えてくれ森山。
 苗字、ずっとオレをガン見してんだけど。体に穴が開くぐらいガン見してんだけど。

(……やりづれぇ)

 オレがどんな好プレイをしても、あいつはノーリアクションだ。無表情で仁王立ちで微動だにしない。
 面白くないなら帰れば良いのに、何でずっと見ているんだろうか。

「キャプテン?」

 早川の声で我に返る。
 何余計な事考えてんだオレは。今は五対五の最中だっつーのに。

「ナイッシュー黄瀬ェ!!」
「痛ぁ!! 何で殴るんスか!?」

 集中力を取り戻すために、たった今シュートを決めた黄瀬の背中を思いっきり叩く。痛がる黄瀬に、心の中で謝った。


 オレにパスが回ってくる。スクリーンをかわして、シュート。
 ボールがネットをくぐる前に、苗字の事を忘れてしまおう。








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