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そういう趣味




 階段を全速力で駆け降り、廊下を息切れ混じりに突っ走る。
 あの女の「お願い」を耳にした瞬間、オレは屋上を飛び出していた。

 蹴っ飛ばせ、だなんてどうにかしてる。見惚れたのと何の関係があるのかさっぱり解らない。

 女子と二人きり。告白と勘違い。意味不明な言葉。オレの頭は、羞恥と混乱で爆発しそうだった。…限界だった。




 教室のドアの前で、深く深く息をして呼吸を整える。
 記憶を取り払うように頭を振ってみても、あの女の瞳の輝きが脳裏に焼き付いて離れてくれない。









 気疲れを残したまま教室に入ると、購買帰りの森山がオレの席を占領しているのが見えた。

「お、笠松。どこ行ってたんだ? 昼飯まだだろ?」
「森山ァ……」
「近い近い近い。笠松顔近い」

 オレは鬼の形相で森山を睨んでいるに違いない。
 さっきの一件は、こいつが元凶だ。シバかなきゃオレの気がおさまらない。だが、今のオレにそんな力は残っていなかった。

 森山は異変に気付いたのか、すぐに席を空けてオレを座らせた。空いていた前座席に腰かけ、心配そうに話しかけてくる。

「顔色悪くないか…、笠松」
「お前が昨日部活に呼んだ女子のせいだよ…」
「え? 苗字さんがどうかしたのか?」

 オレが女子の話題を出した事に森山は一瞬目を見張ったが、すぐに嬉しそうに会話に乗ってきた。
 苗字……どこかで聞いた事がある。どうやら過去に同じクラスになったのは間違い無さそうだ。

「森山、その苗字…と知り合いなのか?」
「もちろん! オレのクラスメイトだからな! 気になるなら紹介してやっても良いぞ」
「そんなんじゃねぇよ馬鹿!!」

 森山が言うには、苗字は異性に全く興味を示さないらしい。呼び出されていた事を話すと鳩が豆鉄砲くらったような顔をした。
 「羨ましいやつめ!!」と小突かれたがちっとも嬉しくない。

「羨ましい、か」
「何だそのやつれた顔は。告白されたんじゃないのか」
「いや違う。……なんつーの……」

 ある意味告白だったけどな…なんて思いながら、一部始終をかいつまんで説明する。森山はあまり信じてはくれなかった。…信じろって方が無理か。
 訳が解らないと言いたげに見つめられても困る。オレだって解らねぇよ。

「……苗字さんにはそういう趣味があると?」
「そうとしか考えられねぇ」
「んー……そうだ! 今日も部活に苗字さんを呼んで確かめよう! それが良い」

 森山の自己簡潔で全てが片付けられた。
 単に誘いたいだけじゃねーのか。
そう言いたかったが、言うだけ無駄なので心の中に留めておいた。

「異性に興味ねーなら、何で苗字は誘いを受けたんだろうな…」
「オレに気があるのかと期待していたんだが」
「あーあーもう黙ってろ森山」


昼休み終了まで、あと10分。








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