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蹴っ飛ばしてくれない?




 季節は夏休みが開けたばかりの初秋、まだまだ気温は高い。
 それなのに、体に吹き付ける風がやけに肌寒く感じる。背中がひんやりと冷たいのは、オレがうっすら冷や汗を掻いているからだろうか。

「すみません、急に呼び出して」

 目線を自分の上履きから少しだけずらしたら、オレを呼び出した女の足が見えてくらくらした。






 話がある、と屋上に呼び出されたのはつい先程。昼休みが始まってすぐだった。
 オレの記憶が正しければ、一度だけ同じクラスになった事がある女…だと思う。オレは異性とはあまり関わらないし、ほとんど覚えていないから曖昧だ。
 喋るどころか目が合った事すらない。現在は別クラス。そんな女がいったい何の用なのか、全く検討がつかなかった。

 頭をフル回転させて思い当たったのは、昨日の部活をこの女が観に来ていた事。
 森山が騒いでいなければ気付かなかった。今こうして呼び出されなかったら忘れていただろう。

「昨日…森山くんが無差別招待してたからバスケ部観に行ったんだけど、」

 ……森山、後でシバく。
 女は、淡々とした口調で話を続けた。

「私はそこで笠松くんに……見惚れた」


 ……オレに……?
 おいおいマジかよ。黄瀬じゃなくてオレかよ。

 何なんだ、これ。まさか告白でもされんのか。甘い雰囲気の欠片もねぇけど…もしそうだったら何て返せば良いんだ。
 ああ…ダメだ。やっぱり異性って解んねー。頼むから、早く解放してくれ。

「は、はあ……」
「それで…ここからが本題」


 ごくりと生唾を飲み込む。
 女はゆっくり跪いた。俯いていたオレと視線が合う。

 何だ……何だ……

 初めて直視したその瞳はとても綺麗で、何故か目が離せなくなった。逸らしたいのに、体が動かない。

「……っあ」
「笠松くん」

 真っ直ぐオレを見上げる瞳に、たじろぐ。






「私、笠松くんが好き」
「気持ちは嬉しいけど、今はバスケが第一なんだ。でも…ありがとうな」



 よし、これで行こう。脳内シュミレーションは完璧だ。傷付けないように、優しく丁寧に断ろう。
 優しく、丁寧に。優しく、丁寧に……よし。

 緊張で荒くなる呼吸を押さえつけて、オレは息を吸った───。








「お願い。上履きのままで良いから……私の事、蹴っ飛ばしてくれない?」








 オレの背中から、汗が一筋流れる。
 この一言こそがオレと苗字名前のおぞましいファーストコンタクトであり、残り少ない学校生活を引っ掻き回される始まりの合図だった。








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