Main | ナノ





 朝から夕方まで吹きっきり、日曜練習の日が訪れた。午前の個人練習を終えて現在は正午過ぎ。ただ今の帝吹は昼休憩時間に入っている。

 食事をとるために多くの部員が荷物を漁って音楽室を出ていく中、名前はまだ練習モードの気を緩めず黒子と一緒に椅子を用意していた。
 帝吹では基本的に昼休憩は12時からの一時間と定められている。今日はこの時間の始めを使って、パートの近況報告をするパートリーダー会議が開かれるのだ。予想では10分程度の軽い話し合いなので机は出さない。

「何人分用意すれば良いんでしたっけ…。カントクも来ますか?」
「リコちゃんは顧問の仕事があるから、今日は不参加だよ。赤司くんは来るから……全部で10個だね」
「えっと、」
「もちろんテツヤくんも含めたよ!」
「…ありがとうございます」
「な、何で笑ってるの!?」

 誇らしげに言った名前に黒子は微笑する。そこへ他のパートリーダー達も次々と集まり、皆で椅子を円上にセッティングした。
 巡回を機によく話すようになったからか、名前は黒子を見つけるのが早くなっていた。完全では無いので突然現れると叫んでしまうが、以前よりも確実に認識しやすくなっている。パートでの居心地が改善されていなくても、黒子のような心の支えがあれば乗り切る事が出来る。





──── 012





「全員揃っているな」

 赤司が言い、その場にいるメンバーが顔を見合わせる。「あれ、黒子は?」と日向が問う。「ちゃんといるよ」と名前が答える。「ここです」と黒子が小さく主張すると、彼の隣にいた若松から盛大な悲鳴が飛び、今吉が「うるさいで〜」と楽しんだ口調でツッコミを入れた。その様子を見て爆笑する葉山を実渕が呆れ顔で叩き、木吉は愉快げに、伊月は静かに笑いながら周りを眺めていた。
 赤司の咳払いでハッとした彼らは背筋を伸ばし、押し黙った。静寂が完成したところで赤司が話を再開する。パートリーダー会議のスタートだ。

「それでは同パートの1年生について教えてもらおうか。名前から時計回りの順番で頼む」
「うん。良くんも真太郎くんも基本に忠実だし、凄く綺麗な音してるよ」
「オレのところも名前と同じく。桃井さん、経験者だから心強いし……ハッ…」
「伊月、これからダジャレ言うつもりなら黙れよダアホ。…うちのパートは1年いねぇから去年通りやってる」
「ワシのとこも問題あらへんなあ。黄瀬は手本見せればすぐ出来るようになるさかい」
「私のパートの1年生は三人とも可愛いわよ〜」
「赤司ぃー!! 高尾はオレを上手く躱して打楽器チェンジ出来るんだー!!」
「玲央、技術面についての報告をしてくれるかい。小太郎は、高尾と楽器に迷惑をかけないようにしてくれ」

 フルートの名前、クラリネットの伊月、トロンボーンの日向、サックスの今吉、ホルンの実渕、パーカッションの葉山と順調に進行され、トランペットの若松で行き止まった。
 若松の顔が一気に歪む。ここにいる誰もが、彼のこれから言うであろう事を大体予想出来た。

「火神は良いんだけどよ…青峰が全ッ然来ねぇんだ!!」

 顔を歪ませ、小さく舌を打つ。トランペッターの後輩に若松は未だに手を焼いていた。青峰はずっと無断欠席しており今日も来ていない。青峰が絡むと火神の機嫌も悪くなる。パート巡回の時にそれを身に沁みて味わった名前は、トランペットパートがこれ以上荒れない事を心底願った。
 黒子の表情に影が落ちる。赤司は小さく溜息を吐き、「顧問と僕から注意を促しておく」と声色を暗くした。

「…テツヤはどうだい」

 全員の視線が床を見つめる黒子に向かう。黒子は青峰の事を考えるのを止め、頬をぽりぽりと掻いた。話す事はもう決まっている。

「はい。苗字先輩がチューニングを見てくれたので、だいぶ合わせられるようになりました」
「え…!?」

 名前は頬を染め身を固くした。黒子は小さく笑み、礼を言う。
 チューニングに付き合うと約束したあの日から、名前は居残り時の黒子の音程を何回か見ていた。彼は火神と練習する機会が増えたため毎日では無いが、それ以外の時はチューナーを手にして名前の元へ現れる。彼に頼ってもらえる事が名前の喜びと楽しみになっていた。
 まさか報告の場で言ってもらえるとは思っておらず、嬉しさと恥ずかしさが同時に込み上げる。リーダー達を包む湿った空気は穏やかな方向に流れを変えた。
 赤司は優しい顔をして微笑んだ。なかなか見れない物腰柔らかな一面に名前は安心感を覚える。

「ユーフォニアムは大丈夫そうだね。…チューバはどうなんだ」

 顔を一瞬で引き締めた赤司が、黒子の隣でにこにこしている木吉に問う。木吉は名前達に向けていた笑顔をそのままにして言った。

「ああ、紫原は良いセンスをしているぞ。毎日オレと意見が食い違って水戸部がおろおろしているけどな、ははっ!」
「頼むぜ…木吉…」

 日向が頭を抱えて呟く。木吉は「心配してくれてありがとうな!」と最後まで朗らかだった。赤司は記録を取り終え、ノートにシャーペンを挟む。

「…報告ありがとう。近々、また集合をかけるよ」

 今年度初のパートリーダー会議は早急に閉会となった。解散の一言で散っていくパートリーダー達。入口が空くのを見計らい、名前も弁当を片手に音楽室を出た。休日練習の昼食はいつもリコと桃井の三人でとっている。が、今日は仕事を優先するとリコから言伝を預かっているため桃井と二人きりだ。名前は一人で桃井の待つ空き教室へ向かった。






「大ちゃんの事、ですか…?」

 桃井は空になった弁当箱の上で箸を休め、名前を見た。ついに訊かれてしまったかと言いたそうな彼女に、名前は「ごめん」と身を縮ませる。桃井は首を横に振って苦笑を洩らした。

「大ちゃん…って、さつきちゃんは大輝くんと親密な関係なの?」
「ただの幼馴染みですよ! 普段は青峰くんって呼んでます」

 弁解するような口調の桃井に、本当にそれだけの関係なのかと名前は胸を踊らせたが、抑えておかずを頬張った。桃井は人差し指を唇に寄せ、思い出すように話す。

「アイツ…昔からトランペットばっかりやってて、誰よりも吹奏楽バカって感じで。私がクラリネットをやろうと決めたのは、青峰くんが面白そうに吹いていたからなんです」

 昔を懐かしんでゆったりとした口調で語る桃井の顔が少し哀しそうに見えて名前は戸惑った。確か、黒子も似た反応をしていた。
 楽器が好きなら練習に参加しているはずだ。しかし青峰は部活に顔を出さない。もしや中等部時代に何かあったのだろうか──気になるが、簡単に訊いても良いものなのかと躊躇う。

「さつきちゃん…平気?」

 桃井は我に返り、「大丈夫です」と顔の前で大きく両手を振った。どう考えてもそうは思えない。別の話題に変えるべく名前が思案し始めたところで教室のドアが開いた。反射的に音の方へ体を捻る。

「お邪魔するっスよー」

 ソプラノサックスを首から下げ、数枚の楽譜と譜面台を脇に挟んだ黄瀬が立っていた。

「あっ、きーちゃん」
「チッス! 桃っち、名前センパイ」

 普段なら女子達の黄色い声が上がるが、休日練習の時は黄瀬の後ろには誰もいない。彼も普通の高校生なのだと名前は再認識した。声をかけると黄瀬は側にやって来た。落ちかけた楽譜を手に持ち直して体勢を整えている。

「桃っち。今なら廊下に黒子っちいるっスよ」
「えっ! ほんとっ!?」

 黄瀬めがけて、桃井の顔が跳ね上がった。明るさを取り戻した彼女に名前は目を瞬く。

「ごめんなさい、名前さん。私、お先に失礼しますね!」

 弁当を片付け、いそいそ教室を出ていく桃井を見送る。廊下では「テツくーん!」と黒子を呼ぶ桃井の声がした。名前はなるほどと閃く。

「涼太くん。さつきちゃんって、もしかして…」
「ズバリその通りっス! 中等部からずっと片想いなんスよ〜」

 アイスの当たり棒がきっかけで…と経緯を説明して、黄瀬は桃井が座していた席に腰を下ろした。首のストラップからサックスを取り外して、楽譜とセットで机に置く。名前は、青春だなあ…と笑みながら弁当の残り一口に箸をつけて食事を終えた。

「ありがとうね、涼太くん。さつきちゃんを元気にしてくれて」
「? オレ、何か良い事してたっスかね」
「実は、さっき…」

 青峰の事を訊いていたと静かに伝えた名前に黄瀬の眩しい笑顔がパッと向けられる。

「もっと早く言ってくださいよー! あの人の事ならオレ、誰よりも詳しい自信あるっス!」

 名前は桃井や黒子とかけ離れたテンションの高さに驚きつつ、どんな奏者なのか教えてほしいと頼んだ。黄瀬は頬杖を付いて至極楽しそうに語り出す。

「青峰っちは、最強のトランペッターなんスよ!」








***


 パートリーダーの集い、そして桃井ちゃん&黄瀬君の回でした! リコちゃんも出したかった…とこっそり涙しています(;_;) 赤司君が話を仕切っていると彼が1年生だという事実を忘れそうになります…!
 青峰君、今回も名前だけの登場でした。もうそろそろ出てくる予定…の予定です。休日はあと少し続きます…!


***







[*prev] [next#]
[mokuji]