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「……ふぅ…」

 リコは愛用しているクマのシャーペンを机に置き、硬くなった体を伸ばした。ずっと同じ体勢で座っていたせいか関節のあちらこちらで骨が鳴る。それほどにリコは真剣に生徒会の仕事に取り組んでいた。目の前にある書類の束が何よりの証拠だ。
 耳を澄ませば生徒会室の外から聴こえてくる楽器の音色。部員が増え、去年よりも音量が上がった。リコは静かに微笑む。

「……名前は大丈夫かしら」

 リコの呟きは生徒会室の空気に溶け込んでいった。





──── 010





 帝光学園高等部には校内ホールが存在する。全校集会が行われる体育館とはまた違い、学園祭の催しや進路説明会などが使用の目的だ。体育館の半分、一学年以上を収容出来る広さがあり、帝吹は去年からここを演奏会の会場として使っている。
 名前は計6ヶ所ある入口のうち、舞台から一番遠い箇所にある扉をゆっくり押して中へ入った。


 ホール内には次回の演奏会で使用する原曲が流れていた。客席には誰も居らず、舞台だけがスポットライトに照らされて輝いている。その舞台上で曲に合わせてタクトを振る、オッドアイの青年の姿。

 曲が終わるタイミングを見計らって名前は椅子に挟まれた通路を歩いて彼に近付いていく。オッドアイの青年は左手の甲で額を拭い名前を見据えた。彼の髪からは汗が宝石のようにキラリと滴り、ライトに反射して眩しく光っている。

「巡回終わりました。……赤司くん」

 1年、元中等部吹奏楽部部長の赤司征十郎。帝吹の現部長、そして全楽器をまとめあげる絶対の存在──コンダクターである。


 中学時代小編成バンドにいたために大編成の大会には詳しくない名前だが、赤司の事は噂で知っていた。
 赤司は中等部時代、本来顧問やバンドトレーナーがするはずのコンクールの指揮をしていたのだ。大会側から何も言われなかったのは、彼に誰も寄せ付けない雰囲気と実力があるからだろうか。実際、赤司は其処らの素人指揮者より遥かに指導力がある。指揮の型もプロ並みのそれだ。
 彼が中等部吹奏楽部を全日本大会に導いたと言っても過言では無い。まさに指揮者になるために生まれてきたような人物だと名前は思っている。

「ご苦労様、名前。顧問は生徒会だと言っていたね」
「うん…」

 名前は自分の足元に目を向け視線を逸らした。後輩と友達のように接したい名前にとって名前呼びに抵抗は無い──が、赤司は最も不得意な存在だった。嫌いでは無い。嫌いでは無いが、恐い。逆らえない。
 報告も済ませたので一刻も速くこの場から立ち去りたい。体を背けて元来た客席の通路を戻る。その途中で舞台の上から呼び止められ、名前は歩みを止めた。

「残り一時間は基礎合奏をする。悪いが、全パートに音楽室へ集まるように伝えてくれ」

 名前は従順な返事をして、今度こそホールから去った。出ていく彼女を目で追って、赤司は意味ありげに口元を歪ませていた。








***


▼コンダクター

・指揮者
・1人構成(赤司)


▼今回の登場

≫赤司征十郎(コンダクター)
高等部1年。中等部からの内部進学生。中等部時代、コンクールで指揮をした経験を持つ。絶対音感持ち。


▽今回の用語

・タクト…指揮棒

 やっと赤司君の登場です! 学生が正式な大会の指揮をする事はまず無いと思いますが彼ならありだろうと…!

 これにて導入編は終了となります! 今後は練習やらイベントやら盛り込んでいけたら良いな、と考えている所存です。青峰君、笠松君、花宮君、その他はもう少し先の登場になります。
 長くなりますが、お付き合いいただけると嬉しいです。どうぞよろしくお願いいたします!


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