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 名前はチューバパートの水戸部凛之助と一緒におどおどしながら、目の前で対峙しているチューバ吹き二人を交互に見る。

「基礎は大切だぞ。紫原」
「だから、そんなのだるいって言ってんじゃん」

 パートリーダー木吉鉄平と中等部出身の紫原敦。名前がチューバパートに到着した時には既にいざこざが起こっていた。





──── 007





 木吉は去年に膝を負傷し、今年度の春まで入院していたチューバ吹きだ。休部していた分、人一倍吹奏楽に情熱を持っており、練習を真面目にこなす。一方の紫原は吹奏楽があまり好きでは無い。帝吹に入ったのもコンダクター赤司の指示によるもので本人の意思では無い。
 チューバパートが仲が悪いと言われる原因はこの二人にある。お互い喧嘩を売っているつもりは微塵も無いのだが、正反対の思考をしているため上手く渡り合うのがとても難しい。同パートの水戸部は日々仲裁役でてんてこ舞いだ。

 紫原は手にしていたビニール袋の中からスナック菓子を取りだし封を開けた。ピリピリした空気に似合わない香ばしい匂いが名前の鼻を掠める。

「敦くん。私も基礎は大切だと思うんだけどな…?」
「え〜…、でも、つまんねーし…」

 紫原は僅かに目を揺るがせたが、すぐに怠そうな顔に戻った。
 チューバ吹きとしての素質が充分過ぎるくらいある紫原は肺活量が並外れている上、体の大きさが楽器にちょうど良い。そんな彼は基礎練習をしなくても美しい音楽を作り出してしまう。

「名前ちんには解らないだろうけど、チューバって地味だし楽しくないんだよ〜?」

 チューバは曲の土台として無くてはならない役割をしていると名前は思っている。前列にいる木管を後ろから支えてくれる彼らはとても心強い。
 しかし、地味と言ってしまえば地味な役割の楽器だ。ソロもあまり無ければ目立つ部分も少ない。名前は言葉に詰まった。

「敦くん…、でも…」
「おいこらチューバパート!!」

 ドアが開く荒々しい音が教室内に響いた。何事かとその場にいた全員で音の方を向くと、ついさっき別れたはずの日向がトロンボーンと譜面台を持って教室の入口に立っていた。その後ろから氷室と土田が顔を覗かせている。基礎練習を終えたトロンボーンパートの三人が、チューバの音が聴こえなくなっている事に疑問を感じて様子を見に来たのだ。

「おお日向! 吃驚したぞ!」
「おお、じゃねーよ木吉!! お前らまた喧嘩してんのか!! 苗字に迷惑かけんな!!」
「あ…ああっ、すまない! 名前!」
「…! …!」
「あ、えっと…大丈夫だよ、鉄平くん! 水戸部くんも顔上げて!」

 名前は頭を下げた二人に慌てる。きちんと練習をこなしている彼らが何故謝らなくてはいけないのだろうか。本当は自分が謝りたい。結局、自分の力だけでは何も出来なかった。責任を感じ、俯く。
 落ち込み気味の名前の肩を氷室が優しく叩いた。

「ナマエ、後はオレ達が何とかするから巡回戻って良いよ」

 名前は振り返り、笑顔で励ます氷室に小さく頷く。

「ごめんね……」

 紫原は相変わらず怠そうな目付きで名前を見つめている。疲労感を引きずりながら、名前はチューバパートの練習教室を出た。








***


▼チューバパート

・低音域を担当
・3人構成(木吉、水戸部、紫原)
・パートリーダーは木吉


▼今回の登場

≫木吉鉄平(チューバ)
高等部2年。膝の怪我のため今年度の春にパートに復帰したチューバ吹き。現在も通院中。

≫水戸部凛之助(チューバ)
高等部2年。意見が食い違う木吉と紫原をいつも心配している。

≫紫原敦(チューバ)
高等部1年。中等部からの内部進学生。赤司に従い入部。木吉とよく揉める。


 紫原君はいつも通りお菓子を食べていますが、実際に管楽器を吹く時にはおすすめしません(゚゚;) 息を吹き込む管内を清潔に保つためには、あまり口内を汚さないものがベストです!
 黄瀬君のミネラルウォーターは、管楽器奏者には最適な飲み物ですね! 緑間君、お汁粉は言語道断です。←


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