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 本校舎の2階、渡り廊下の窓からは中庭が見渡せる。僅かに開いている窓の前で名前は立ち止まった。
 トロンボーンの音色が聴こえる。気持ちを落ち着かせたい一心で名前は校舎の外へ向かった。





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 柔らかい午後の日差しが名前に降り注いだ。桜が散ってしまってもまだ春だという事に実感が湧く。深呼吸して暖かい空気を体に取り入れると先程の嫌な汗は吹き飛んだ。
 放課後穴場になるこの中庭はトロンボーンパートが最近の練習スポットとして使っている。

「おーい! トロンボーン!」
「おお、苗字。…氷室、土田、ストップ」

 日向順平の指示で鳴り響いていた音が止んだ。
 昨年度先輩がいなかったトロンボーンパートで1年生の時からリーダーを務めている日向。指示に迷いが無い。

「苗字さん、いらっしゃい」
「ナマエ! パート巡回中なのか?」
「うん! お邪魔するね」

 日向に続いて土田聡史・氷室辰也も楽器を降ろし名前に向かい合った。

 昨年氷室が高等部に転入してきてから、トロンボーンパートはずっと三人でサウンドを作ってきた。今年度に1年生は入っていない。その分、更に基礎練習に磨きをかけている。

「日向くん、さっき渡り廊下から音聴こえたよ。綺麗だった!」
「本当か? サンキューな!」
「土田くんと氷室くんも調子良さそうだね」
「ありがとう。去年よりは楽器に慣れて音がはまるようになってきたかな」
「オレは、やっとマーチングの粗い吹き方を改善しつつあるよ」

 土田は高校から吹奏楽を始めた初心者。氷室はアメリカでのマーチングバンド経験者。トロンボーンパートで座演の吹奏楽をやっていたのは日向だけだ。違う境遇にいた三人が音色を合わせるのは大変だったかも知れない。そんな中でパートをまとめる日向を名前はいつも尊敬している。

「苗字、今からハーモニー練習すんだけど…響き聴いててくれるか?」
「解った!」





♪─♪─♪──



 音を順々に重ねるこのハーモニー練習は、日向が中学時代にやっていた基礎練習をアレンジしたものだ。トロンボーンパートの練習メニューはほとんどが日向の経験によって組まれている。

 外で吹くと音が拡散しやすいが、日向・氷室・土田の音は名前の耳にしっかり飛んできた。


「トロンボーンパートは大丈夫そうだし、そろそろ行こうかな」
「ああ。オレらより困ったパートが多いからな。…苗字、チューバパートは巡回したか?」
「ううん…まだ」
「アツシが心配だよ…」

 チューバパートは仲違いが深刻になっているパートの一つだ。トロンボーンパートは練習教室が近いため、彼らの仲の悪さをよく知っている。

「もうすぐ巡回するよ」
「喧嘩してたら、殴ってでも止めてやれ」
「日向くん!! それはさすがに無理だよ!?」
「気を付けて、苗字さん」

 三人に別れを告げて名前は再び校舎の中へ入った。
 目指すはチューバパートの練習教室。名前の足取りは自然と重くなっていく。

(早速不安になってきちゃったよ…)








***


▼トロンボーンパート

・中低音域を担当
・3人構成(日向、氷室、土田)
・パートリーダーは日向


▼今回の登場

≫日向順平(トロンボーン)
高等部2年。1年生の時からパートリーダーを務めている。

≫氷室辰也(トロンボーン)
高等部2年。1年生の時に高等部へ転入してきた帰国子女。アメリカでマーチングの経験あり。

≫土田聡史(トロンボーン)
高等部2年。高校から吹奏楽を始めた。


 外で楽器を吹いた際に音程が合っていないとお互いの音を揉み消してしまうので、日向君・氷室君・土田君の音はきちんとハモっている事になります!
 外で吹くのは気持ち良いですが、相当キツいものがあります。音は拡がるし聴こえづらいし……しんどい…!


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