帝光学園高等部の音楽室は特別教室棟の最上階に位置している。打楽器が沢山置いてあるこの音楽室は帝吹の主な合奏場であり、パーカッションパートの練習教室でもある。 ──── 005 「名前サン! 巡回っすか? お疲れ様でっす」 「和成くんもお疲れ様」 メトロノームと向かい合っていた高尾和成が名前に手を振った。基礎練の真っ最中だった彼の両手には練習用のスティックが握られている。 名前が先程のホルンパートでの出来事を伝えると、高尾の動きがピタリと止まった。高尾は実渕が言っていたパーカッションの1年生で、彼の一番のお気に入り後輩。高尾が実渕に追いかけ回されるのはここ数日で帝吹の日常と化した。 「あの人は…はは……普通にしてりゃ、良い先輩なのにな…」 人気者も大変である。 「おーっ! 名前巡回ー?」 威勢の良い声がした方を振り向けば、スコアと大量のマレットを持った葉山小太郎が走ってくるのが見えた。何故か彼はタンバリンを持っており、シャリシャリ音を立てている。 「葉山くん、それお気に入りだね」 「かっこ良いっしょ?」 タンバリンの音とともにケラケラと笑い声を上げる葉山。高尾は、走ったら楽器が危ないと注意しつつも一緒に笑っていた。今年度のパーカッションはこの二人だけの少数精鋭だ。 「高尾ー! 基礎練キリ良いなら新曲の楽器配役決めやろう!」 「はーい! 名前サン、ちょーっと待っててくださいね!」 葉山は手にしていたスコアを広げ、高尾と一緒に目を通す。 「えーっと…うわ、ハードっすね! イントロは…まずスネア。すぐに使うトライアングル近くに配置しましょう!」 「オッケー、高尾に任せるね! オレはシロフォンから始めて…イントロ終わったらティンパニに移る! そしたら高尾はバスドラムよろしく!」 「了解でっす!」 「え? え?」 パーカッショニスト同士のスピーディーな会話に名前は全く着いていけない。葉山と高尾はスコアに小さく書き込みをしながらどんどんページを捲っていく。約二分で最後まで辿り着くとスコアを閉じた。 「それじゃあ一回イントロだけやってみよ! 名前聴いてて!」 「えっ? 今の話し合いだけで?」 「まあ、見ててくださいって!」 高尾は制服を腕捲りすると、器用にスティックを回して構え直す。葉山はタンバリンを名前に預け、運んできた大量のマレットから4本を選び、片手に2本ずつ持った。 必要最小限打楽器を移動し、位置に着く。彼らは目を合わせて頷き合った。 「いっくよー! ワン、ツー、1、2、3、4!」 葉山の大声カウントが音楽室に響き、曲のイントロが始まった。 ♪♪♪ パーカッションパートは1曲の中で沢山の打楽器を持ち変え、使いこなす。その作業を葉山と高尾だけで担うため個々にかかる負担が大きい。何度も移動を繰り返し、時には一人二役。それを可能にしているのは彼らのずば抜けた運動神経の良さだ。 密集している打楽器の間を葉山と高尾はぶつかる事無く動いていく。焦った様子は微塵も感じられない。叩き方は丁寧でテンポも全く狂わない。初見の楽譜にも関わらず、二人は完璧なイントロを披露した。名前は思わず感嘆の声を上げる。 「凄い! 狭い中なのによく動けるね?」 「高尾が上手く道作ってくれてんの! これがプロってやつ?」 「葉山サンすばしっこいから大変なんすけどね…」 高尾は一息ついて音楽室の壁にかかっている赤い時計に目をやった。 名前もつられて腕時計で確認する。巡回を始めてからかなりの時間が経過していた。 「葉山サン、そろそろ!」 「そっか、もうすぐピアノ担当が来る時間だ」 「!!」 「名前サン、オレ達パーカッションパートが成り立ってんのは、真ちゃんのおかげでもあるんすよ?」 突然出てきた緑間の名前。名前は膝元で抱えていたタンバリンを危うく落としそうになった。 背中に嫌な汗が滲む。ピアノ担当である緑間。怪訝な顔で名前を見ていたフルートパートの後輩。今接触してはまずい気がする。 「……私行くから、この後も頑張ってね! 失礼しました!」 近くの椅子にタンバリンを置いて急ぎ気味に音楽室を去る名前に葉山は首を傾げる。 何かを感じ取った高尾は名前が出ていった扉を見つめ、「練習続けましょっかパートリーダー!」と明るい声で言った。 *** ▼パーカッションパート ・打楽器を担当 ・2人構成(葉山、高尾) ・パートリーダーは葉山 ▼今回の登場 ≫葉山小太郎(パーカッション) 高等部2年。装備はタンバリン。打楽器の高速連打が得意。 ≫高尾和成(パーカッション) 高等部1年。ピアノ兼任をしている緑間を気にかけ、世話をよくしている。 ▽今回の用語 ・イントロ…イントロダクションの略。序奏、導入部。 シロフォン=木琴 スネア=小太鼓 バスドラム=大太鼓 打楽器名が多く出てくる回でした! ここでいうスコアとは総譜の事です。合奏する全てのパート譜が載っています。便利! *** [mokuji] |