「ふぎゃあああああ!!」 「!?」 突然の悲鳴が名前の肩を強張らせる。甲高いそれはサックスパートの練習教室内から聞こえてきた。 ──── 003 サックスパートのメンバーは、黄瀬涼太、宮地清志、森山由孝、今吉翔一の四人。黄瀬がソプラノ、宮地がアルト、森山がテナー、今吉がバリトンのサックスをそれぞれ担当している。四人で音域や役割が違うのでアンサンブルをするのが楽しいパートだ。 名前は警戒しつつ、ドアを少し開けて中の様子を伺った。 「おお、今日は苗字が巡回なんやな。ごくろーさん」 「やあ、名前ちゃん! 会いたかったよ!」 「あれ…今吉先輩、森山先輩…」 顔を覗かせる名前に今吉と森山が笑いかけた。二人は楽器を構えた状態で平然と立っている。 「大丈夫だよ、いつも通りやっているから! 入っておいで?」 「はい、失礼しま…!!?」 森山に手招きされ、教室に踏み込んだ……が。 ……大丈夫では無かった。 名前の目に飛び込んできたのは、アルトサックスと譜面台を持って黒笑いする宮地とソプラノサックスを抱えて教室の隅に追い詰められている黄瀬だった。 さっきの悲鳴は、彼だ。悟った名前は、今にも泣き出しそうな黄瀬に近付いた。 「うわぁぁん名前センパーイ!! 助けてほしいっス!!」 「わっ! 涼太くん!?」 黄瀬が名前に飛びつき背後に回り込んだ。体を折り曲げて必死に隠れようとしている。 宮地はお構い無しにゆっくり歩み寄ってくる。名前の血の気がサッと引いた。 「黄瀬、苗字を巻き込むんじゃねぇ。出てこい、この譜面台で…刺す」 「ひぃぃっ!!」 「み、宮地先輩落ち着いてください!! 何があったんですか!?」 このままでは名前が危ない。見兼ねた今吉が止めに入る。その隙に森山が黄瀬を引き剥がし、名前は無事解放された。 「皆で新しいコラール曲吹いたんやけど、ちょうど宮地のメロディのとこで黄瀬がミスってな…。不協和音を発したって訳や」 今吉は落ち着いた様子で事情を説明した。ちなみに彼がここのパートのリーダーである。 「宮地、いつもみたいに教えてやってくれへん?」 「……ちっ、しょうがねぇな…」 宮地は譜面台を近くの机に置いた。ネックストラップをネクタイ結びのように動かし、緩んでいたリガチャーを締めて楽器を構える。 「ちゃんと聴いてろ」 宮地のアルトサックスが黄瀬のパートを美しい音色で奏で始めた。 ♪──♪♪─── 「……」 (涼太くん…) 先程までビビっていた黄瀬は何処にもいない。音を聴き取る彼の表情は真剣そのものだ。名前は神妙な面持ちで黄瀬を見上げていた。 曲が終わると、黄瀬の表情は笑顔に切り替わった。 「……よし! 良い音覚えた!」 黄瀬には相手の音や演奏技術を模倣する能力がある。宮地の音色をじっくり観察した黄瀬はソプラノサックスに息を入れ、軽く音出しをした。模倣出来たらしい。 「せっかくだから聴いていってよ、名前ちゃん!」 「良いんですか? 是非!」 やる気満々の森山を見て、今吉も楽器を構える。 「ほな、いくで」 ♪♪───♪♪─── 短いコラールも上手い四人にかかればお手のもの。演奏が終わった後、名前は大きな拍手を送った。 「ん〜。まあ、こんなモンやろ」 「黄瀬、今の感じ忘れたら轢くからな」 「は、はいっス…!」 「名前ちゃん、どうだった?」 「とても素敵でした! 四人とも!」 サックスパートは何だかんだで異常無し。これにて木管楽器の巡回は終わりだ。 *** ▼サックスパート ・ソプラノサックスは高音域、アルトサックスは中音域、テナーサックスは中低音域、バリトンサックスは低音域をそれぞれ担当 ・ソプラノ、アルト、テナー、バリトン1人ずつの4人構成(黄瀬、宮地、森山、今吉) ・パートリーダーは今吉 ▼今回の登場キャラ ≫今吉翔一(バリトンサックス) 高等部3年。ほとんどの指導は宮地と森山に任せている。 ≫宮地清志(アルトサックス) 高等部3年。装備は譜面台。暴言を吐きつつも後輩を成長させる良き先輩。 ≫森山由孝(テナーサックス) 高等部3年。可愛い女の子のために楽器を演奏すれば音質が上がる。 ≫黄瀬良太(ソプラノサックス) 高等部1年。中等部からの内部進学生。相手の技術を模倣して演奏が出来る。 ▽今回の用語 ・アンサンブル…少人数の合奏。演奏の調和。 ・コラール…ドイツ語で「賛美歌」。 木管楽器は木製の管楽器の総称。フルート、オーボエ、クラリネット、サックスの類。 リガチャーとはリードを固定しておく器具の事で、リードの振動を受け止める役割があります。クラリネットにも必要です。 サックス演奏時はネックストラップを使用します。楽器に引っかけて……あぁぁ説明が難しい! 余談ですが、ギターやベースのストラップはショルダーストラップって名称なんですね…初耳でした…。 *** [mokuji] |