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「良くん! 真太郎くん!」
「うあぁっ、名前さん!!」
「遅いのだよ」

 桜井良と緑間真太郎は、裏の無い素直な反応を名前に向けた。





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 名前が所属するフルートパート。今年度はオーボエの桜井とフルートの緑間が加入し、三人での構成となっている。名前はここのパートリーダーでフルートとピッコロの掛け持ち奏者だ。
 初心者が来たら頑張って教えようと意気込んでいた名前だったが、桜井も緑間も中学からの経験者だった。特に緑間は、全国でも名高い中等部吹奏楽部の出身で相当な実力保持者である。

 既にセッティングが完了している教室を見渡し、さすが気の利く後輩達だと名前は一人感心する。

「名前さんスイマセン! 今日の基礎練メニューは…」
「ん〜…。良くん、最近うちのパートに欠けているものはある?」
「ええと、タンギング練習です。音の後処理が甘いので…。あっ、あと自分はチューニングも確認した方が良いと思います!! スイマセン!」

 桜井は謝りながらも的確な意見を述べた。1年生にして帝吹のコンサートマスターを務める桜井。彼が自らの音程を合わせる速さは「特攻隊長」と呼ばれるほど。それでも謙虚にチューニングを指摘する桜井に、名前は何だか笑ってしまった。

「よし! 音合わせして音階ロングトーンの後…タンギング極めよう! 普段通りテンポ60から始めて、調は──」

 名前はいつも後輩に意見を求めて練習メニューを組み立てる。後輩を成長させるために確立した独自のスタイルだ。頼りにされるほどの実力を桜井も緑間も持っている。

「苗字さん。さっきパーカッションパートに呼ばれたので少し抜けるかも知れないのだよ」

 緑間は自分の席の隣にラッキーアイテムのぬいぐるみを座らせながら言った。今年度のパーカッションパートは人数が少ないため、オーケストラ曲に出てくるピアノは全て緑間が担当する。彼は帝吹唯一のピアノ経験者なのだ。まだ日は浅いが小物楽器を頼まれる事もあり、半ばパート兼任という形になっている。
 フルートも名前と緑間だけしかいないのであまり抜けてほしくないのが名前の本音だ。だが、これからパート巡回をする自分の立場を考えると何も言えない。名前は暗くなる表情を隠して「了解!」と笑って答えた。

 先程リコに代理を任された事を伝えると、桜井と緑間はほんの一瞬だけ眉を顰めて了承した。名前はその表情を見て肩を竦める。

「じゃ、じゃあ…基礎練終わったらこの新曲さらっててね!」

 リコからもらった楽譜を二人に手渡し、名前はそそくさと教室を飛び出した。


(やっぱり頼ってばかりじゃダメなのかな…)

 音合わせ特攻隊長の桜井と、全国レベルの吹奏楽部から来た緑間。
 大変な後輩を持ってしまった。溜息混じりに、名前は廊下を歩き出す。








***


▼フルートパート

・高音域を担当
・オーボエ1人とフルート2人での3人構成(名前、桜井、緑間)
・パートリーダーは名前


▼今回の登場

≫桜井良(オーボエ)
高等部1年。コンサートマスター。瞬時に音程を合わせるのが得意。

≫緑間真太郎(フルート)
高等部1年。中等部からの内部進学生。パーカッションパートのピアノを兼任。


▽今回の用語

・チューニング…楽器の音程を合わせる事。
・ロングトーン…文字通り、長く音を伸ばすという意味。

コンサートマスター(女性の場合、コンサートミストレス)は管弦楽では第一バイオリンの首席奏者。吹奏楽ではクラリネットやオーボエが担当するのが一般的です!
音階ロングトーンは吹奏楽部の基本練習のひとつです。疲れます。単調で嫌になる練習です…。


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