迫り来る×××× 「ついにこの時期が来たな!」 「ああ」 「楽しみだなあ…。高尾ちゃんと緑間くんが同じベッドで…にふにふ」 「汚いのだよ!! 涎をしまえ!!」 雑談をしながらオレ達は足取り軽く教室を目指す。楽しげに笑う名前と高尾の様子を見て、オレも柄に無く気持ちを高めた。 職員室帰りで廊下を歩くオレ達の腕の中には、担任を急かしに急かして用意させたクラス分の書類がある。そこに書かれた行事名が、歩を更に軽やかにさせた。 「いつ聞いても良い響きだよね、修学旅行って!」 名前が明るく言う。これは間近に控えた修学旅行の話だ。 * 「ハーイお待たせしました、班決めやりまーっす!」 場所は変わって教室教卓前。高尾のかけ声で教室は大盛り上がりを見せた。ただ今の授業はLHR。オレ達は後から来るという担任に、修学旅行で使う自由行動時の男女混合班とホテル宿泊時の男女別班を決める仕事を課せられていた。 あっという間に数少ない男女組が集まったり散らばったりの繰り返しを始め出す。このクラスは幸い、感じの悪い人間が居らず誰かを省いたりするような事が起きない。わざわざ頼みに行かなくとも、男子組はオレと高尾を、女子組は名前を含む前提で宿泊班を決めようとしてくれている。オレ達は協力的な周りの光景に安心して教卓に集まった。 「そんじゃ、オレ達も行動班組もうぜ!」 オレ達は、最早決定事項と言うべきか。行動班を三人で組む、と既に廊下で話を終えていた。そのため、後はリーダー決めを残すのみの状態にすぐ行き着けた。 「さて、と。リーダー選ぼうか。一応、立候補制で」 珍しく、その内容を切り出し始めたのは名前だった。 行動班のリーダーは時間管理やメンバーの体調に気を遣う。出発前に何度か行われる事前会議にも参加するようにと書類の説明に表記があった。オレの予想では高尾も名前もこういった仕事はやりたがらない。ならば、リーダーは… 「オレだな」「オレが!」「私!」 声が被さり、オレ達三人は黙りこくった。高尾の目を見るからに奴は面白半分で挙手したようだが、名前は本気のようだ。高尾は「名前がかって出るなんて意外だな」と軽く言い、首の後ろに両手を回して組んだ。 高尾のおちゃらけに乗る素振りを見せない名前は、奴に急に迫り寄った。 「…ん!? 何、名前」 「高尾ちゃん、リーダーって何でも出来るんでしょ?」 「は、えっ!? まあ、そうなんじゃねぇの…」 慌てた高尾が言葉を濁す。名前は確信付いたかのように小さく笑み、顔を整えた。 「私ね、ずっと前から修学旅行が楽しみだったんだ。高尾ちゃんと緑間くんとクラスの皆と、楽しめたら良いなって思ってたの。だから…」 真剣な眼差しで拳を握り、静かに語る名前。高尾とオレは口を開いて佇んだ。もしかするとこいつは、本当にリーダーとして頑張りたいのかも知れない。修学旅行をオレ達と楽しむために。オレは特別リーダーにこだわりは無いし、やる気があるなら任せてみても…… 「高尾ちゃんと緑間くんをいちゃつかせる権限を掴み取りたいの。…この手で!!」 ……ん? 迫真の名前に一瞬怯んだが、騙されてはいけない。今、超絶に物騒な発言が飛び出していたのだよ。たかが修学旅行のリーダーにそんな権限があるものか。否!! 「高尾、こいつにやらせるくらいならオレはお前に頼む。いや、元々お前ほど適任な人材はいないのだよ」 「よせって、真ちゃん。いつもバスケで中心になってるのはお前なんだぜ? 真ちゃんがリーダーだったらオレ、超楽しめそう!」 「お互いを称え合うなんて最高っ…! じゃあ、ここは間を取って私が!」 「「させるか」」 拒絶しても名前はしぶとくリーダーをやりたがり、結局最後はじゃんけんに縺れ込んで勝利を収めたオレに決定した。恐らく、今までのじゃんけんの中で一番誇り高く嬉しい勝利だった。こんなに勝って良かったと思えるじゃんけんを、オレは知らない。 しゅんとする名前の姿に心を掬われそうになったが、「私の妄想計画が…」というぼやきのおかげで同情する気は失せた。 だが、これで気を抜いて良いはずが無い。オレ達はまだ、修学旅行に行ってすらいないのだよ。 [mokuji] |