Main | ナノ



ランラン、招集です




 走る、走る、走る。オレ達は廊下を猛スピードで走り続けている。校則に忠実な真ちゃんでさえ、目の色を変えて必死に走っている。

「くっそ…、あの担任!!」
「本当に許せないのだよ…!!」
「たっ高尾ちゃ…、みど…間、くん……わ、たし……グハアッ」
「諦めんな名前!! あと少しだ!!」

 オレに手を引かれている名前が血反吐を出しそうな勢いで噎せている。早く楽にしてやりたい。けれど、今はどうしてもその望みを叶えてやれそうにない。オレは名前に対する申し訳無さとオレ達をこんな目に陥れた担任への苛立ちに顔を歪め、速度を落とす事無く走り続ける。息を乱す真ちゃんが隣で励ますように叫んだ。

「急げ!! このまま行けば委員会に間に合うのだよ!!」


 そう、今のオレ達は委員会に遅刻しそうだから走ってんだ。









 時は、ほんの少し前──昼休みが始まって15分以上経過の頃まで遡る。昼飯を広げていたオレと真ちゃん、そしてパンをくわえながらノートを書いていた名前は、教室のドアから姿を現した担任に呼ばれ廊下に出た。渡されたのはホチキスで止められた三人分の簡易書類。オレ達は顔を見合わせる。

「委員長、副委員長、書記。至急会議室へ向かってくれ」

 担任はそれだけ言うと風のごとく消え去った。取り残されたオレ達はその場で呆然とし、教室の喧騒すら耳に入って来なかった。
 すっかり忘れていた、クラス委員には年に数回の定例会が存在する事を。

「めんどくせー…」
「先生ってば可愛いんだから…」

 名前の意味不明な独り言はスルーの方向に流しておくとして…簡易書類の中身を見てみる。近々の行事、避難訓練の集合場所、最近の学校や地域の事が短文や略図でまとめられていた。
 真ちゃんが静かなので見上げると、表紙で手が止まっている。オレと名前も気になって、飛ばしていた表紙を読む事にした。

「真ちゃん、表紙なんかじっくり見ちゃってどうしたの?」
「担任は至急向かってくれと言っていたな…。委員会は何時から始まるのだよ…」

 表紙には委員会の日付と開始時刻が申し訳程度に印刷されていた。三人で教室にかかっている時計に首を回す。開始時刻に目線を戻す。時計、開始時刻、時計、開始時刻……

「開始まで1分しか、無い!」

 名前がビシッと──かっこつけたつもりなのかも知れないし、アニメの抜粋かも知れない──変なポーズを決めて言った瞬間、オレ達は名前を連れて走り出していた。つまり、オレ達に罪は無く、全てあの適当担任が起こした災いって訳だ。









「ゼェーファー……」
「名前、呼吸を何とかしろ。…静かに後ろから入るのだよ」
「そーだな。んじゃ、いきますか!」

 会議室の扉を開けるとちょうど出席を取っているところで、オレ達のクラスが呼ばれたのは入室直後だった。真ちゃんが落ち着いた声で「います」と返事をする。急いだ甲斐あって、見事遅刻せず出席扱いになった。

「間に合ったようだな」
「ホントだな〜、どうなる事かってヒヤヒヤしたけど」
「グッ、ゲホッ……。パンがっ、喉の乾燥作用を、促しているぅ……」
「名前、マジお疲れ…。ゆっくり休んどけよ」

 名前・オレ・真ちゃんの順で空いている後ろの席に着いて、死にかけの名前の背中を擦る。運動部のオレ達はすぐに息を整えられるけど、名前は完全アウトだった。
 周りを見渡すと、同学年はほぼ全員が去年の役職経験者で真面目な奴ばかり揃っているのが判った。見た感じ、欠席のクラスは一つも無い。悪目立ちしなくて良かったと安心して、前に立った生徒会役員の話に耳を傾ける。

「今からクラスへの伝達事項についてホワイトボードに書きます。すぐ消してしまうのでプリントにメモしてください」


 開始早々、問題発生。急いで教室出てきたから筆記用具ねーよ。
 ホワイトボードには重要の文字がどんどん追加されて、瞬間暗記が難しい量となっていた。生徒会の奴ら…涼しい顔して鬼畜だなおい。他のクラスとは席離れてるから借りられそうに無い、…まずった。
 名前を起こして訊いてみたけど、まだ辛そうに咳き込んで首を横に振るだけだ。どうしたら…なあ真ちゃん何か持ってな「今日のラッキーアイテムは極太油性ペンなのだよ」ああもうこの際それで良いよ!! それで良いからとっとと写せって早く!!!

 真ちゃんがキャップを捻ると、油性ペン独特のニオイが周りに充満した。ウェッ。一番近い席にいる最高学年のクラスが微妙な顔をしてキョロキョロし始めている。うわあ、超恥ずかしい!!!

「真ちゃん、ウェッ…それのニオイ何とかなんねぇの…」
「仕方無いだろう、極太なのだから」
「太さ関係無くね?」

 視線を感じて名前を見ると、キラキラした目を向けていた。いつの間に復活してたんだ?

「名前は平気そうだなあ…」
「高尾ちゃんっ、極太なんて…大胆だね! 今日は緑間くんと二人でナニする気だね?」
「意味解んねーよ」
「あっ……、あそこのクラスの男子生徒二人、さっきより距離近くない? 高尾ちゃんと緑間くんもあれくらいくっつくべきだと思う!」
「お前もう飽きてんだろ!!?」

 大丈夫かよ、オレの両サイド。まあ、メモする以外はほとんどプリントの読み合わせっぽいから怠けちまうのも解るけどな。オレもダルいし。
 真ちゃんはホワイトボードの内容が書き替えられる度、バッシュのスキール音みたいにキュッキュッと甲高くメモをしていた。ありがたいよ、真ちゃん。インク、ニオイ凄いけど。









(やっと終わったな…)

 教室に戻って真ちゃんのメモを写したら、昼休みは残り僅かとなっていた。
 準備が足りなかったせいで散々な委員会だった。次は書くものとかしっかり用意していこう。

「はー…ようやく休めるぜー…」
「今度からは自分達で連絡黒板を確認した方が安全だな」
「じゃあ私が毎朝見てくるね。二人は部活あるし」
「ああ、助かる。頼むのだよ」
「了解!」

 名前は小さくなったパンの欠片を口に入れ、再びノートにシャーペンを走らせた。セーラー服の間から見えたノートの隅に、オレと真ちゃんらしきミニキャラ達のらくがきを発見。

 あ……、疲れ吹き飛んだわ。








[*prev] [next#]
[mokuji]