耳の癒し 「…忘れ物をした」 真ちゃんがそう呟いたのは、自主練を終えて帰り支度を済ませた時。明日提出しなければいけない書類を机の中に入れっぱなしにして置いてきたそうだ。 オレは珍しいじゃんと笑いで返して、教室まで着いていく事にした。どうせ帰り道途中まで一緒だし、待ってるのもつまらない。それに、今日の真ちゃんは、おは朝の順位がさほど良くない。エース様に何かあったら困るからな。 「?」 「どした? 真ちゃん」 「……電気がついているのだよ」 完全下校が迫っている時間帯、うちのクラスに誰かが残っている事は滅多に無い。この新クラスは半数以上が帰宅部や週一の部活所属の生徒で、早く帰りたがる奴が多かった。名前もそのうちの一人で、SHRが終わったらすぐに帰っていく。今日も用事があるからと言って急ぎ足で教室出ていったんだっけ。 「つけっぱなだけじゃね?」 「そうかも知れん」 真ちゃんが納得してドアを開けると、意外過ぎる人物がそこにいた。 「……Zzz」 帰ったはずの名前が、机に突っ伏して眠っていた。耳にイヤホンをつけて、それはそれは幸せそうに。オレ達は、名前と自分達を交互に見つめて暫し固まった。 真ちゃんはハッとして、名前の隣の自席からプリントを抜き取った。そうだ、目的それだったね。忘れてたわ。 名前がこんなにぐっすり寝てるところ、初めて見る。授業中はいつも真面目に受けるか遊んでるかだもんな…。可愛いからずっと眺めていたい気もするけど、もうすぐチャイムが鳴るしこのままほうっておく訳にもいかない。心を決めて、オレ達は名前を起こす事にした。 「おーい、名前ー」 「起きるのだよ」 「にふふふふふ…」 名前の口元がニヤけ出した。なんだ、寝言かよ。 「高尾、イヤホンを外してやれ」 あ、そっか。名前はイヤホンをつけていたんだ。露出している右耳からそっと抜き取って、それを見つめた。音楽でニヤけるとか何聴いてるんだろう。アニソンとか? 興味半分で耳に当てると、何故だか男の話し声が聴こえてきた。 『…っ、やめろ……!! こんな事して何が楽しいんだよ……っ』 『強がんなくて良いんすよ? 先輩…』 『…ひぁっ……バカやろっ…、どこ触っ…』 「ぎゃあああああああ」 オレは絶叫してイヤホンを投げやった。何だ今の。音楽じゃなくて水っぽい音聴こえてきたんだけど。投げた先には真ちゃんがいて、不思議そうな顔をしてキャッチしたイヤホンを見ていた。やめとけって真ちゃん。オレが止める前に、真ちゃんはイヤホンを耳に宛がった。 「………」 グシャッ 真ちゃんは表情を凍らせると、左手の指先でイヤホンを捻り潰した。おいおい、変形しちゃったよ名前のイヤホン。 「真ちゃん!! どうすんのソレ!! 名前の私物!!」 「フン、知ったこっちゃないのだよ。オレは過去にラッキーアイテムを破壊された被害者だ」 「……ああ」 1年の頃を思い出す。そういや真ちゃん、知恵の輪壊されてたな。根に持ってたのか…。 叫び声と破壊音が連続したからだろうか、名前は唸った後目を開けた。 「あれ、高尾ちゃんと緑間くん…?」 窓から見える景色が真っ暗になっているのに気付いた名前はオレ達が部活終わりだと認識したらしく、飛び起きて帰り支度を始めた。 訊きたい事は山ほどあるけど、完全下校時刻になってしまったから、オレ達はまず校内から出る事を最優先にした。 「それで…お前はどうして学校で破廉恥なCDを聞いていたのだよ」 「破廉恥じゃないもん! ドラマCDだもん! このドラマCDは教室シチュエーションのお話でね! 雰囲気を味わいながら妄想したくて学校で聞いていたのさ!」 今日の放課後、名前はアニメ専門ショップでこのCDを購入して家に帰った後、プレイヤー持参で学校に戻って来たらしい。そうまでやって妄想したいのかよ。 つーか、教室シチュエーションって…さっきの男同士の行為が教室で行われてたら頭爆発するぜ。 「いつの間にか寝ちゃったけどね!」 「何か、呆れ通り越して尊敬するわ…」 「にふふ…。あれ、イヤホンが壊れてる」 変形したイヤホンを見つめ、踏んづけちゃったのかな〜と言っている名前から、真ちゃんが気まずそうに目を逸らした。何だよ、ちゃんと悪かったなって思ってんじゃん。 「…まあ、良いかっ! 部活お疲れ様っ!」 オレと真ちゃんを見上げてにこやかに微笑んだ名前に、オレ達は顔を赤らめた。 そういや、オレ達が三人揃って一緒に帰った事って数えるほどしかねぇな。なら、喋りまくって楽しむしか無いっしょ。 今は余計な事を忘れようと思う。名前の底抜けた話題にツッコミを繰り返しながら、オレ達は帰り道を歩いた。 「……ところで、何で二人ともドラマCDの内容判ったの? にふふ」 ニヤけながらも鋭いところを突いてくる名前に、オレ達は白を切り通す。 [mokuji] |