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シンタロウの青春




 ゲームを始めて、どれくらい経過したのだろうか。疲労感でいうと5時間くらいはとうに経っている気がする。
 目の前に映し出されているのはいつの間にか4つに増えている選択肢。「D.今すぐオレの前から散れ」を選択。カズナリは「そう言うシンちゃんも可愛いぜ!」と笑った。

 オレは唇を噛んでパソコンが乗っているテーブルを叩いた。グラスや菓子類が振動したが、気にしない。

「何で親密度が急上昇しているのだよ!!」
「真ちゃん。もう諦めようぜ、何もかも」
「そうだよ緑間くん! シンタロウとカズナリは結ばれる運命にあるのだよ!」

 名前、それは違うと思うのだよ。




 転入生シンタロウの元に現れたカズナリという少年。こいつは現実の高尾並みにおかしな性格をしていた。辛辣な言葉をかければ楽しそうに食い付いてくる。
 オレと高尾はいろいろ酷い選択肢を試してみたが、画面の向こうのあいつらはどんどん仲良くなっていった。
 おかげで、名前は超がつくほどにご機嫌だ。高尾は抵抗する事を既に断念しており、攻略を手伝い始めていた。今はマウスを操作して台詞をスクロールしている。
 免疫がついてきたのか。そういう事なのか高尾。オレが白い目で見ている事態に本人は気付いていない。

「なあ、名前。これ何?」
「ん? これって?」

 高尾が、空いている左手で画面の端を指差した。小さなコンテンツのようなものがある。
 名前がマウスを受け取りクリックすると、キャラクターの詳細やステータスが出てきた。シンタロウのプロフィール、カズナリのプロフィール、能力や知能、生活記録、親密度、その他諸々。名前はそれらを見渡して、嬉しそうに叫んだ。

「わわ! こんな機能があったなんて! 高尾ちゃんすごいっ」
「おっ!? …へへ、サンキュー!」

 高尾の腕に絡み付いて喜ぶ名前に、オレの苛々は募るばかりだ。目を泳がせてにやけるな高尾!! ムカつく奴め!!

「……」
「緑間くん?」

 そんな目で見つめても無駄だぞ、名前。

「緑間くーん」
「……」
「見て、ほら! シンタロウも部活に入れるんだって!」
「…!」

 名前は、睨んでいるオレの腕を掴んでパソコンの画面を見るように仕向けた。嫌々見ると、部活一覧が表示されている。
 こんな事が出来るのか…てっきり男同士が絡むだけのゲームかと思っていたのだが。

 名前の動かしたカーソルの先には、『バスケ部入部』の文字がある。

「ねぇ、緑間くん。これで少し元気になれる?」

 名前が高尾にやったように腕を絡め、首を傾げてオレに笑いかけてきた。この可愛らしい仕草を自然体でやっているのだから、こいつは凄い。
 …これは名前なりの気遣いと捉えても良いのだろうか。

「…賛成なのだよ」
「よし! シンタロウ、入部しまーす! 高尾ちゃんもOK?」
「もちろん! 何か面白くなってきたな!」

 名前は再び画面の方に意識を向け、マウスを弄り出した。オレは、氷が溶けて温くなったお茶を飲んでから画面に顔を近付ける。仕方無いな、オレも攻略を手伝ってやるのだよ。

「あ! シンタロウ、バスケ部から歓迎されてるよ!」

 夢中になっている名前に気付かれないように、高尾が「真ちゃんツンデレ!」と口を動かした。
 すぐに高尾から目を逸らして画面を確認する。ちょうど、シンタロウが6番のユニフォームをもらっているところだった。

「それじゃ、改めてゲームスタートね!」






 シンタロウの活躍は素晴らしいものだった。
 エースとなったシンタロウは日々の練習を欠かさず行って超長距離3Pシュートを覚え、練習試合などでチームの勝利に貢献した。周りからも応援されバスケに生き甲斐を感じ始めたシンタロウは、ひとつの大きな目標を見いだす。


『インターハイの舞台で優勝する!』


 オレと高尾は、自分の経験に基づきシンタロウをマネジメントしていった。
 体力作りのために走り込みを毎日させ、夜遅くまで居残り練習。シンタロウのメーターは体力・精神力・仲間との信頼度を中心にどんどん上がっていき、最終的には最高値まで達する事が出来た。

「シンタロウすごいよ! 頑張って!」

 名前が興奮気味にシンタロウを応援しているのが嬉しくて、オレと高尾はシンタロウを強くする事にますます力を入れていった。









 結果、シンタロウは見事インターハイで優勝を果たし、沢山の仲間達から祝福された。画面ではユニフォーム姿のシンタロウがチームメイトに胴上げされている。

「良い話だったのだよ…っ」
「本当にな…! シンちゃんおめでとう…!」
「感動したぁ…!」

 シンタロウのバスケ部快進撃を見届けたオレ達は、エンドロールが流れる画面を眺め熱くなった目尻を押さえる。こんな感動イベントがあったとは。見直したのだよ、ネットゲーム。


「さて、感動シーンも見れたし第2Qいこう!」
「は? 何でだよ名前。こんなに良いエンディング迎えたのに…」
「一応これはバッドエンドだよ高尾ちゃん。まだカズナリ攻略は達成してないんだよ? 最後のベッドインを見届けるまでは終われない! なんたってこのゲームはボーイズ・ラブゲームなんだからさ!」
「「……あ」」

 すっかり忘れていた、このゲームの目的を。
 すっかり忘れていた、カズナリの存在を。

 オレと高尾は最初の苦労を思い出し、休憩させてくれと名前に懇願した。




「このゲームみたいに、秀徳がインターハイで優勝出来ると良いな」

 名前の呟きがオレ達のやる気に火をつけ、日暮れまでゲームに熱中させたのはまた別の話である。








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