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腐女子と偶然のキセキ




「付き合ってくれてありがとう、高尾ちゃん!」

 名前は明るく言い、持っている買い物袋を抱き込んだ。にっこり笑う彼女の隣で、高尾は「おお…」と照れ臭さそうに頬を掻く。本日、暇を持て余して街を散歩していた高尾は偶然名前と出会い、彼女の買い物に付き合った。名前にしては珍しくアニメに関係無い買い物で、高尾は一緒に雑貨屋に入ったり文房具屋でノートを選んだり普通に楽しんだ。

「高尾ちゃん、一人で散歩する事もあるんだね」
「先に言っとくと、真ちゃんは中学時代の友達と遊びに行ってる。昨日部活ん時聞いた」
「えっ…何で私が緑間くんについて訊こうとしたって判ったの!?」
「そりゃ、名前だからな…」

 やはり、彼女は自分と緑間がセットでいてほしいらしい。高尾は相変わらずワンパターンな彼女の思考に涙した。

 時間はちょうど昼食時に差しかかっていたので、近場で外食していこうという話になった。どこに入ろうかと店の方に顔を向けて歩いていた名前は、前からやってくる男性に気付かず衝突してしまった。

「いだっ…すみません…」
「ああ、こちらこそすまんな。下が見えていなかったのだよ」
「え…?」
「名前、どした? …ってあれ?」

 名前は聞き覚えのある声に反応して固まった。高尾も名前に続き振り返る。口調、左手のテーピング、ラッキーアイテム、緑色の髪…全てが知人と一致した。

「緑間くん!」「真ちゃん!」
「名前!? 高尾!?」

 声の主は予想通り緑間だった。まさかこんな街中で会うとは。名前と高尾は度重なる偶然に驚きを隠せない。
 緑間は緑間で、何故彼らが二人きりでいるのか考えがまとまらず混乱した。我慢出来ず訊いてみると、声を揃えて偶然だと答えが返ってきたのでとりあえず一安心する。

「ミドリーン、何してるの?」

 ほっと息を吐く緑間の後ろからひょこっと容姿端麗な美少女が現れ、名前は目をしばたたかせた。高尾とは知り合いなようで挨拶を交わしている。さらに美少女の後ろには様々な髪色をした五人の男がいるのに気付き、名前の瞬きが倍増した。

「緑間っち遅いっスよー」
「急に立ち止まんな、置いてくぞ」
「あれ〜、ミドちんの友達〜?」
「どうも」

 以前高尾に見せてもらった月バス特集にいた彼らの姿。名前は間投詞を連発しながら高尾の服の裾をくいくい引いた。

「た、高尾ちゃん…これって、これって…」
「ああ、しかも黒子とマネージャーまでいるな!」
「キセキの世代全員揃ってる…よね?」

 確認するように訪ねる名前に、高尾が頷いた。キセキの世代である黄瀬・緑間・青峰・紫原・赤司、6人目の黒子。そして美少女マネージャーの桃井。月バスの集合写真とは比べ物にならない迫力を持つ面々に名前は唾を呑み込む。そして、パアッと笑顔を花開かせた。


「真太郎、どうしたんだい」
「赤司…か。気にするな…少しボーッとしていただけなのだよ」

 緑間は顔を引き締め、話しかけてきた赤司に向き直った。赤司はそのまま名前の方を見つめる。釣られて緑間が首を動かした方向には、既に彼らの輪の中で談笑している彼女と高尾の姿があった。

「そうだ、折角だから二人を昼食に誘ってみるのはどうかな」

 赤司は小さく笑みを溢してから緑間に提案する。ちょうど緑間達も名前・高尾と同様に昼御飯を食べるための店を探しているところだった。「名案だろう」と赤司は目を細める。

「は…!? いや、確かにこの時間ならあいつらも昼はまだだろうが…」

 緑間は返答に困った。高尾はともかく、名前と彼らを同じ空間に収容するのは危険過ぎる。何しろ、彼女はぶっ飛んだクレイジーガールなのだ。思考や発言がまともでは無い。下ネタは平気で言うし、にやけはすぐ顔に出る。

「このままではまた高尾と彼女を二人きりにさせてしまうよ。それでも良いのかい?」

 赤司のとどめの一言に緑間は完全に押し負けた。鋭い赤司には緑間の本心が見えているのだろうか。






(──で、結局こうなるのだな…)

 一同はファミレスの大人数席に案内された。せめて隣席で名前の口封じをしようと考えた緑間だったが、彼女の左側には黄瀬が、右側には桃井が座ってしまい無理だった。ならばその隣……は桃井に連れてこられた黒子で埋まっている。高尾はなんとか名前の目の前ポジションをキープしていた。緑間があれこれ頭を悩ませているうちに高尾の両隣も右・青峰、左・紫原で固められてしまい、仕方無く紫原の隣に腰を降ろす。前にいる黒子が「どうしたんですか」と訊いてきたが、緑間は曖昧な答えしか返せなかった。
全員が席に着くのを見計らって、黄瀬が近くにあったメニューを掴んだ。

「名前っち、何食べる?」
「うーん、迷うなぁ…デザートは絶対チョコパフェで決まってるんだけど…」
「名前ちゃんパフェ好きなんだ! あっ、このチェリーパフェ美味しそう!」
「本当だ! これもなかなか…」

 名前は両隣と早速デザートについて会話している。緑間の隣の赤司は、名前と緑間を交互に見つめて静かに笑った。緑間の顔が娘を心配する過保護な父親の表情になっている。
 名前がいつかボロを出すのでは無いか、と緑間は警戒していた。高尾もそれは同じ事で、青峰や紫原とコミュニケーションを取りつつも意識は常に名前の方を向いている。
 赤司は表情を固めたままの緑間の顔を覗き込んだ。

「そんなに彼女が気になるのかい?」
「な…、違うのだよ」
「まさか、真太郎が三角関係という複雑なものに交わっているとは予想外だった。……面白い」

 赤司は嬉しそうに微笑んだ。純粋に友人の恋愛模様を楽しんでいるように思える。

「大切な女性が出来たんだね、真太郎」

 緑間は赤司に申し訳無く思った。名前がこの場にいなければ潔く肯定していただろうが、今は彼女を見張るので精一杯なのだ。すまない事に。




 料理を注文してから時間が経ち、テーブルの上は少しずつ賑やかになってきている。青峰はドリンクをがぶ飲みして、斜め前で先に食事を始めている名前に声をかけた。

「にしてもよ、お堅い緑間を気に入ってるとかすげぇな。しかも女で」
「どういう意味なのだよ!!」

 突っかかる緑間とは真逆で、名前は爽やかに笑っている。清純そうな女性を演じているのだと高尾と緑間には解った。が、青峰や他のメンバーはまんまと騙されている。もしかしたら、少し胸を撫で下ろしても良いのでは無いだろうか。そう思った……直後。

「はい! 緑間くんと高尾ちゃんのカップリングは最高に気に入ってますよ♪」
「は、あ?」
「青峰、料理が来たぜ!」
「おっ、サンキュー高尾」

 信じようとした矢先、ついに爆弾発言が投下された。高尾が青峰の気を逸らしにかかっている間に、緑間は辺りを見渡した。黄瀬はオニオングラタンスープに夢中。黒子は遠くで喧嘩しているカップルを観察している。桃井は黒子をガン見状態なので問題無い。お菓子を食べ続けている紫原は大丈夫そうだ。赤司は緑間の方が気になるらしく首を傾げている。

(名前…この馬鹿女!!)
(ごめん緑間くん!!)

 緑間は冷や汗を掻きながら名前を睨み付けた。名前は肩を竦めて「もうしません」と無言で示す。暗黙の口止めが完了したところで、今度は紫原が質問を出した。

「名前ちんは好きな食べ物とかある〜?」
「食べ物かぁ! 私の好物は緑間くんと高尾ちゃんの「アーッ、ゲフン! ゴホッ」だよ! 紫原さんは?」
「オレはお菓子〜」
「高尾クン大丈夫っスか!? ほら、水飲んで!!」
「ありがとな、黄瀬。いや〜どうしたんだろうなぁ、急に噎せちまうとか、はは…(名前オイコラ)」
(わーっ!! 高尾ちゃんごめん!!)

 無意識でまた失言しかけた名前は高尾にも睨まれた。二度もやらかして反省したのか、それからの彼女は黄瀬や桃井との話に相槌を打つのに集中し始めた。しかし、彼女への質問が来るたび危ない発言が飛び出しそうになる。これらは高尾と緑間が全て上手に回避した。
 一同の語らいと二人の誤魔化しは、話題が尽きる二時間後まで続いた。









 店を出るまでに、名前は桃井とすっかり打ち解けた。今は隣を一緒に歩いている。
高尾はタイミングを狙って緑間に近付いた。互いにげっそりした表情を向け合い、嘆息を吐く。

「真ちゃん、お疲れ」
「…お前もな」
「へぇ…珍しいじゃん、真ちゃんがオレを労ってくれるなんてさ…」

 想像以上に、名前を食い止めるのは大変だった。多分、彼女は楽しんでいた故に油断して、いつもより饒舌になっていたのだろう。

 この後はどうしようかと話が出た時、名前が側にあった時計台を見て声を上げた。

「あ…!」
「名前ちゃん、どうしたの?」
「今日は本屋さんに予約してた品を取りに行くんだった! すっかり忘れてたよ」

 ぽんっと手を叩いた名前を、黒子が同志を見る輝かしい目をして眺める。

「苗字さんはどんな本を読むんでしょう…」

 ほのぼのと独り言を呟く黒子に、高尾と緑間は涙が出そうになった。恐らく…いや絶対、彼女が文庫本を予約までして買う事は有り得ない。きっと訳あり漫画の類いだ。黒子にはどうか知らないままでいてほしい。

「オレ、名前に着いてくわ。真ちゃんは?」
「……赤司、」
「行っておいで、真太郎」
「良いのか?」
「ああ。…応援しているよ」

 赤司は健闘を祈ってから、黒子達に緑間だけ抜ける事を伝えた。赤司に誰かが逆らうはずも無く、それぞれが別れの挨拶を述べる。名前・高尾・緑間以外の彼らはまだ街を回るようだ。

「また会おうね、名前ちゃん!」
「うん! またね、さつきさん! 皆も!」

 皆が去っていく中、赤司だけが残り、高尾と緑間へ「いつかまた今日のメンバーで集まれると良いね」と告げた。クスリと笑う彼に向かって、二人は困惑した表情で頷く。名前は満面の笑みで桃井と手を振り合っていた。

 友人達の見送りを終えた名前は、緑間に額を、高尾に頭を突然攻撃された。スパンと良い音を立てて頭が揺れ動く。名前は変な効果音を発して「何するのさ!」と叩かれた箇所を両手で押さえた。

「お前…オレ達がいなかったら本性晒しまくりだったんだぜ?」
「…あ」
「無自覚も大概にするのだよ…!!」
「ああっ謝るから連続はタンマ!! 緑間くんのソレ結構痛いんだから…!!」

 防御しようと名前は構えたが、彼らからの攻撃はこの一発ずつだけだった。

「で、本屋で何を予約したんだよ?」
「にふふ…よくぞ訊いてくれたね高尾ちゃん! 『ツンデレ眼鏡男子とハイスペック男子』の最新巻だよ! 今回のは予約特典でドラマCDが付いてくるのさ!」
「限り無くどうでも良いのだよ」

 悪態をつきながらも、高尾と緑間は名前の横に並ぶ。
 こんな彼女の一面を知っているのは自分達だけで充分だ。


 キセキの世代と彼女が再会する日は果たしていつ来るのだろうか。
 その答えは、神のみぞ知る。




fin.








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