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夕陽の中、愛しい君へ




「じゃーんけーんぽん! ……やっぱ負けた…。真ちゃん、先攻後攻どっちが良い?」
「…後攻」
「マジかよ! まあ良いや、先手必勝だ!」
「すぐに返事を言わせるなよ。本当の決着はその次の日だ」
「解ってるって。言っとくけど、おは朝の運勢悪いからってやめるのは無しだからな?」
「当然だ。たとえ12位でも、お前に負ける訳が無いのだよ」
「…言うねぇ。運命覆しちまうってか」



 高尾とそんな話をしたが、全く問題無かったな。今日の蟹座の運勢は1位。恋愛運絶好調。ラッキーアイテム、緑色のボールペンは…胸ポケットの中だ。
 高尾の蠍座は2位。同じく恋愛運絶好調、ラッキーアイテムが学ランという結果ではあるが……順位はこちらの方が上だ。絶対に勝つ。苗字は渡さん。




 今朝、教室に入ると高尾が真っ赤な顔でぐったりとしていた。……これでもう、後には退けない。


 オレは今日、苗字に告白する。









 放課後、オレは苗字と二人きりになるまで教室で時間を潰していた。部活が無いのに居残るというのは少し新鮮だった。


「緑間くん!」

 声のした方に振り返ると、苗字が笑顔でこちらを見ていた。夕陽の暖かい色が苗字の頬を照らしている。気が付けば、教室にはオレ達だけだった。

「行くか」
「…うん!」






 オレ達は苗字の通学路途中にある公園へ向かった。以前、オレが助けてもらった場所だ。遊具やベンチ、辺り一面がオレンジ色に染まっている。子供も誰もいない。まるでオレと苗字、二人だけの世界にいる気分だ。


 助けてもらったあの日から、オレの中の苗字のイメージはどんどん変わっていった。席替えしたばかりの頃は授業中にちょっかいを出されたりラッキーアイテムを破壊されたりろくな事が無かったが…今となっては良い思い出だ。笑って許せてしまう。

「緑間くん? 黙ってどうしたの…?」

 オレを見つめる苗字。大丈夫だと言えば安堵の表情を向けてくる。この柔らかい笑顔は夕陽のように美しい。
 素直に伝えれば良い。落ち着いて、丁寧に言葉を紡いだ。


「好きだ、苗字」










 一瞬でオレは苗字から目を逸らした。苗字がどんな顔をしているのか不安すぎて顔が見られない。
 「返事は明日もらう」となんとか言い切り、オレは公園を飛び出した。






 家の中に滑り込み、乱れた呼吸を必死に整える。
 たった一言言うだけの告白がこんなに緊張するものだとは思わなかった。顔が燃えるように熱い。家族に怪しまれる前に、顔でも洗ってくるか…。

 何はともあれ、やるべき事はやった。あとは……天命を待つしかない。








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