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共同作業





「緑間くんと同じ班なんて光栄! 頑張ろうね!」
「ああ」

 今日の家庭科は調理実習。普段は憂鬱極まりないが、今回は出席番号が上手く噛み合った苗字と同じ班だ。正直嬉しい。
 高尾がいない…これは恋愛的に大チャンスなのだよ。

「名前! 終わったらオレの手作り食わしてやるから!」
「高尾ちゃんありがと! でもさ! 私よりも緑間くんに食べさせ「黙るのだよ苗字!!!」

 高尾は少し離れた場所から苗字に何度も話しかけている。お互いの気持ちを打ち明けあってから、高尾はますます苗字に積極的になった。普段から苗字の側にいるのだからたまには譲ってほしい。
 ……オレを睨むな。見苦しいのだよ、高尾。


「じゃあ、4人班で2品だから…分担しましょうか!」

 苗字の提案で、オレ達の班はじゃんけんから始まった。









「…こ、こうか?」
「そうそう! 緑間くん、料理上手じゃん!」

 結果、オレと苗字は二人で作業をしている。
 苗字と丁寧に進めているおかげでミスもしていない。初めて調理実習が楽しいと思う自分がいる。

「そろそろ牛乳入れないとね! あ…結構大量だ。私取ってくる!」
「ま、待て。このまま混ぜていれば良いのか? 些か不安なのだよ」
「大丈夫! 緑間くんはいつも通り自信持ってれば良いんだよ!」

 ……。いかん、苗字に見とれてぼーっとしてしまった。集中力を切らすな。混ぜろ、混ぜ続けるのだよ。


「…わああっ!!」
「!?」

 オレの集中力は長くは続かなかった。
 声のした方を向けば、床に倒れて頭から牛乳を被っている苗字が目に映った。

「名前!!」「苗字!!」

 高尾とオレが反応したのはほぼ同時。だが、距離的にオレの方が速く辿り着いた。

 オレは苗字を抱き起こすつもりが、撒き散らされた牛乳に滑って転倒した。ああ…膝が濡れて冷たい。

「えっ、緑間くん!? 大丈夫!?」
「先生…シャワー室へ行ってきて良いですか」

 オレは先生の返答も聞かず、高尾に振り向きもせず…苗字を引っ張って家庭科室を出た。









「あははっ! 緑間くん…あそこでこけるとは思わなかったよ!」
「うるさい黙れ」
「……迷惑かけちゃった」
「……」

 二人きりになれたのは良かったが会話が続かない。教室でジャージやタオルを用意してシャワー室まで行く間、苗字は全く喋らなかった。


「着いたぞ」
「……」
「苗字……迷惑をかけたのはオレの方なのだよ」
「…え?」
「今日、材料切るのを全部やってくれたのは誰だ」
「あ、あれは…やりたかっただけだし」
「オレの指を心配したのだろう。すぐに解ったのだよ」
「……緑間くん…」

 苗字は決して料理が得意な訳では無かった。それでも、オレが怪我しそうな作業は何も言わずに全て引き受けていた。
 自然な気遣いに、オレはますます苗字への想いが強くなるのを感じる。

「…ありがと」

 苗字がオレの制服の袖口を小さく引いた。やっと目が合った苗字は、牛乳まみれで、うっとりした顔で──…

「……っ!!!」
「? 緑間くん…?」
「は、早くシャワーを浴びてジャージに着替えろ!! 風邪を引くのだよ!!」

 苗字を、タオルとともにシャワー室へ放り込んだ。


(……心臓に悪すぎる……)

 苗字が出てくる前に急いでトイレに行ってこよう。着替えるのはそれからだ。








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