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見解が変わった




「……」

 変だ。

「……」

 変だ。

「……?」

 何かいる。




 もう辺りが暗い。急がなければ。通学路を無視して最短距離のルートを進む。
 今日のオレは、おは朝占いで最下位。早く帰宅した方が良いと言うおは朝の助言に従い、部活後先輩に捕まった高尾を放置して先に帰った。おかしい、ラッキーアイテムである眼鏡は常日頃身に付けている代物なのに!

(さっきから何かに見張られている気がする…)

 もしや苗字!? 有り得る、十分に有り得るのだよ!! 奴はいつもオレと高尾に付きまとっているからな。

「あっれ〜? 緑間くん! 今日は一人?」
「うぉおおおお!!!」

 公園を通り過ぎようとすると、いきなり苗字が目の前に現れた。

「ひどいなぁ。いきなり叫ぶなんて…」
「お前が小さすぎて見えなかったのだよ」
「本当にひどいなぁ!」
「…何故ここにいる。どうして公園から出てきた」
「へ? 今、ここの公園突っ切ったとこにある本屋寄ってきた帰り! この道、私の通学路なんだ。今日は学校で勉強してきたから、遅くなっちゃったんだよね〜。ねえねえ、彼氏の高尾くんは? 今日は一緒じゃないの?」
「馬鹿な事を言うな」

 後ろの視線は苗字では無かった。……いったい、誰が…

「……」
「…苗字?」

 苗字の顔がいきなり険しくなったのが、蛍光灯の光で解った。

「緑間くん、お願い。ちょっと公園に一緒に来てくれる?」
「オレは急いでいるのだよ」
「良いからお願い!! 明日お汁粉奢るからっ!!」

 学ランが脱げそうになるぐらい思いきり腕を引っ張られる。こんな必死な苗字は珍しい。…仕方無いな、お汁粉で手を打ってやろう。

「すぐ済ませろよ」

 オレは苗字について行った。


 強引にベンチに座るように促され、言う通りにすると苗字は目の前に仁王立ちした。何度も周りの様子を窺っている。

「何をする気……だっ!!?」

 いきなり苗字がオレを抱きしめた。首に腕が回り、上半身が密着する。胸が当たっている。苗字はそんなものお構い無しにオレの耳元へ顔を近付けてきた。

「な! な…! な……!!」
「お願い、抵抗しないで。じっとして。もう少ししたら、あの女の人いなくなってくれると思うから」

(……女の人?)

 苗字がちらりと見た方向に目をやると、20歳くらいの知らない女性が木の影から逃げていった。

「緑間くん、今の人知り合い?」
「いや…」
「ああ〜…じゃあ、やっぱりストーカーか…」
「は?」

 未だに何が起きているのか理解出来ないオレがいる。苗字はオレから離れると、隣に腰掛けた。

「緑間くん、ストーカーされてたんだよ? 気付かなかった?」
「何…だと…」
「さっき話してる時、後ろでこそこそしてたから。それに、何か緑間くん、不安そうな顔してたし…」

 不安…確かに不安だったかも知れない。
 では、オレが感じていたのは、そいつの視線だったという事か…。オレの跡をつけてどうするつもりだったのだろう…考えただけでゾッとする。

「ふりでも彼女がいると分かれば引いてくれると思ったんだ! 名案でしょ!」
「…自宅に入れば問題無かったはずだが…」
「ストーカー舐めない方が良いよ? 自宅に付きまとわれたらどうするのさ?」
「………」

 認めよう。助けてくれたのだ、苗字は…。

「…すまない…」
「私が勝手にやった事だよ。…もしかして、おは朝にストーカーされて来いとでも言われてた?」
「おは朝を馬鹿にするな! …男がストーカーされる事もあるのだな…」
「大あり! 最近は変な人多いんだから気を付けてよ。殺されるケースもあるんだからさ。緑間くん、強そうだけど…繊細で綺麗な男の子だし」
「……」
「良かった。無事で」

 苗字を疑ってしまって申し訳無いと思った。苗字はこんな風に人を助ける事が出来る奴だったのか。
 この前高尾が言っていた事をようやく理解した。普段はふざけているが、オレの様子に気付いたり臨機応変に対応したり…もしかすると、そこまで嫌な奴では無いのかも知れない。

「……ありがとう。すまなかったのだよ、苗字」
「大した事じゃ無いよ! あっちだよね? 途中まで一緒に行こっ!」
「ああ」

 ここが通学路と言っていたが、苗字自身も危ないのではないだろうか。

「今度はオレが、苗字を守るのだよ」
「あはは! 私は普段早く帰るからストーカーなんてされないよー! それより高尾くんと緑間くんで守りあって! そして身も心もくっついて!」
「断る」

 いつも通りの苗字に、オレも普段の落ち着きを取り戻す。

 ベンチから見た苗字はとても凛々しかったが、立って肩を並べるとやはり小さな女子なのだ。

「まあ良い。…今度から遅くなる時は送ってやるから言え」
「さすがツンデレ!」
「うるさい黙れ」
「嘘。ありがとう!」
「…ふん」

 今日はこの減らず口も大目に見てやるのだよ。
 この心の奥から来る暖かさはいったい何だろうか。まだ、さっきの苗字の体温が残っているのか? オレの中にはよく解らない感情が渦巻いていた。

 とにもかくにも、これからは苗字を女として扱おう…って、オレは何を考えているのだよ。








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