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キスして




 とある昼休み、珍しく苗字は教室にいた。今日は購買で新メニューが発売されるらしく、クラスに残っているのはなんとオレ達三人だけだ。
 そんな人のいない教室で、オレ達は───

「…緑間くん…往生際が悪いよ…っ」
「…くっ!やめろ…っ…はぁっ…ぁ…」
「っ…高尾くんも…さっきより抵抗力が落ちてきてるみたいだけどっ…?」
「…違っ……あ、あぁ…っ……いっ…」
「ねぇ、二人とも…そろそろ、イっちゃいなよ」





「いかがわしい言い方をやめろ苗字!!」
「何でオレらの後頭部掴んでんだよ!!」
「高尾くんと緑間くんでキスして欲しいからなのだよ!」
「「断固拒否する!!!」」

 そして真似をするな!


 何でオレ達がこんな目に遭わなければならないのか…!!
 つい先程の事。苗字が椅子の上に乗って、オレ達を呼んだ。特に断る理由も無く近付いてやったら、奴は「キスして…」と赤面しながら言ってきたのだ。
 思い返せばこの時点で逃げるべきだった。なのに、高尾もオレも固まってしまったのだ。高尾に関してはもう……説明が面倒なのだよ。

 固まって数秒後、「早く!」と笑顔の苗字がオレと高尾の後頭部を持って近付けた。相変わらず、とんでもない力で。
 オレと高尾のキスが見たいという意味不明な要求を強いられている事を悟った瞬間だった。

 そして、冒頭に至る。

「あー! もう良いじゃん! しつこい!! チューしなよ!!」
「お前みたいな奴の方がしつこい上に面倒臭いのだよ!!」
「そうだっつの!!」
「え? あれ? …うっわわあ!!」

 突然、苗字が手を滑らせて椅子から落ちた。

「…んっ…!!」
「……っ!?」

 苗字を助けようと体を曲げた時、オレの頬に当たった柔らかい感触。高尾が目を見開いた。


「はぁあああ…びっくりした…」
「……」
「……」

 高尾もオレも、何も言わなかった。
 キスシーン見れなかった!と残念がる苗字越しに、オレは下を向いている高尾を見た。

「……」
「高尾、」
「高尾くんありがとう! 下で支えてくれたから、安心出来たよ」
「あ…うん」

 高尾は「トイレ行ってくるわ」と呟いて教室を出て行った。

「高尾くん?」

 苗字は頭にはてなマークを浮かべていたが、すぐにオレに振り向いて、言った。

「緑間くん…ごめんなさい」

 狂坂の柔らかい手が、オレの頬を拭き取るように滑った。今のは、やはり…そういう事なのだろうか。

「ほんとに、ごめんなさい。バランス崩したから…。……汚かったよね」

 こんな事を無理やりさせるからこうなるのだよ、と普段のノリで言いたいが言葉にならない。
 何でそんな切なそうな顔をするのだ。オレは別に嫌では…

(嫌では…無い?)

 オレは苗字が苦手なはずだ。問題発言が多い上に馴れ馴れしい奴で…。でも今の苗字はどうだろう。申し訳無さそうに体を小さくしている。そんな苗字は、オレを不思議な気持ちにさせた。








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