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マイルドスイート




 名前は未だ嘗て経験した事の無いほどの緊張に見舞われ、顔を引き攣らせてテーブル越しにドリンクを啜る伊月を眺めた。名前の眼前のトレイにあるシェイクの外面では雫が雫を結び、やがて重力に従って下に落ちていく。滴る自分の汗にそれを重ね、スカートを軽く握った。
 おかしい。名前は、この席に着した時点を振り返って思う。十数分前までの自分は友人と会話をしていたはずなのだ。ただのクラスメイトとしか認識の無い彼が、何故向かい合ってドリンクを飲んでいるのかさっぱりである。

「飲まないのか?」

 ストローから口を離し、伊月が問う。名前から苦笑が洩れた。シェイクは好きだ、唐突過ぎるこの状況のせいで喉も渇れている。だが、それよりも先に頭の整理がしたい。とりあえず自らが放つ気まずさを打破しようと伊月に問いで返す。

「あの、伊月くんはどうしてここにいるの?」
「んー。苗字の友人が帰っていくのを見て、その後に一人で暇そうな苗字を発見したから、かな」

 名前は、うっ…と言葉に詰まった。そう、伊月の言った通り友人は既に帰ってしまったのだ。急用が出来たと軽く謝って消えた友人を恨めしく思う。伊月の眼前にはテイクアウト用の紙袋が置いてあった。退屈をほんの僅かでも解消させるために来てくれたのかと名前は無理矢理納得しようとする。そうでもしないと心理的圧迫に耐えきれない。

(で、わざわざ来たなら何か喋ってよ…!!)

 特に盛り上げてくれる会話も無い。クラスでよく耳にするダジャレもさっきから一度も口にされない。言われたら言われたで反応に困るが、沈黙だけはやめてほしかった。普段より格段に狭い距離を共有する自分達はまるで恋人同士のように感じて──名前の心臓は不覚にも鼓動を速めていたのである。
 熱い手を冷やすべくシェイクを手に取り、一口。買った時よりぬるくなっていたが、今の名前にはありがたい心の潤いとなった。少しだけ出来た余裕を持って視線を前に。名前を見据えていた伊月と目が合い、セーラー服が大きく揺れる。

「ええと、何か用ですか」
「…何も?」
「その割には顔緩んでるよ」
「シェイク飲んでる苗字、何か良いなと思って」

 名前の手からシェイクの容器が滑り落ちた。ベシャッとやらかした感満載な音を残して白いスカートにシェイクが染み込んでいく。生温く気持ちの悪い感触があっという間に股を覆い尽くした。しかし、近距離に迫る伊月を視界に捉えてしまった名前はそれすら気に出来ない。

「大丈夫か?」
「あっうん、平気平気! スカート濡れただけだし!」
「全然平気じゃなさそうなんだけど」

 声を裏返す名前に、伊月はテーブルの端からペーパーを数枚引き抜いて立ち上がり、側で腰を曲げた。

「そうだ。オレの家に寄って行きなよ。姉さんいるから服貸せるし」
「いや! 別にいい、いいから…」
「そんな格好で一人するのは嫌なんだ」

 耳元を伊月の息で擽られ、名前は目を強く瞑る。伊月は手際よくトレイと荷物を片手にまとめて、空いているもう片方を名前に差し延べた。

「原因、オレな訳だし。…一緒に来てくれないか?」

 名前が再び瞼を開けた時には、伊月の左手が弱々しく目の前を泳いでいた。顔の赤らみが伝染している。ああ、彼も意外に余裕が無かったのだ。




fin.

(2014/05/18)



 伊月君でほのぼの、大好きな優しいジャンルを書かせていただきました!
 猫増様! 大変長らくお待たせしてしまいました…! いかがでしたでしょうか…? お待たせした割りに拙い文章ですが、精一杯執筆いたしました。 どうか猫増様へこのお話が届きますように…! 78000hitのキリリク本当にありがとうございました!




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