愛着ナンバーワン 「宮地先輩、お疲れ様です!」 部活の休憩中。労いの言葉をかけられた宮地はドリンクボトルから口を離し、にこやかに微笑む苗字名前に礼を言った。その彼女に今、とてつもない違和感を抱いている。 「今日も宮地先輩のプレイは素敵でしたよ! さっきのミニゲーム、ナイスシュートでした!」 普段の名前はいつも彼氏である高尾と休憩時間を過ごしている。汗だくの高尾が名前にタオルの如くすがりついている現場を何度も苛々しながら見ていたものだ。 しかし今日の名前は高尾では無く宮地に構ってもらおうとしている。彼女が自分の隣に並び壁に寄りかかった事でそれを確信し、宮地は首を捻った。彼氏以外の男をべた褒めするなど一途な彼女からは到底考えられない。 高尾を見ると、自分と彼女の方に視線を送っている。どういう事だと目で語られている辺り、彼氏も事情を把握していない模様で益々訳が解らない。 「苗字…」 「はい」 「お前、高尾と何かあったのか?」 宮地は渋々訊ねた。いつも体育館にある仲良しな光景が突然消えるというのは気持ちが悪い。周りの部員達も怪しんでいる。恋沙汰に興味無さげな緑間さえも、高尾と名前を繰り返し見ていた。 「やっぱり…、私がここにいるっておかしいですよね…」 名前は数秒の沈黙の後、重い声を溢した。宮地は泣きそうな名前の顔からかなり深刻な事なのかと推測する。高尾から痛いほど睨まれている気がするが、彼が原因に絡んでいる以上、下手に呼びつける事は出来ない。 「苗字…言いづれぇなら…」 「良いんです…話します。宮地先輩は頼りになりますから」 高尾のために仲を取り持ってやるのは面倒だが、名前にお願いされるなら仲直りくらい協力してやっても良い。宮地は彼女を助けなければならないと使命感のようなものを背負った。 手招きして宮地の顔を近付けた名前が右手を口元に添えて耳打ちの体勢を取る。宮地の体は名前の胸に引き寄せられ、隙間無く密着した。 「…な、何だよ」 柔らかそうな唇が側に寄ってくるのを感じ、宮地の鼓動は無意識のうちに速まっていく。二人の間に距離が無くなる程近付いてから名前は話し出した。 「私、高尾くんに嫉妬してもらいたくて…」 「………んだと?」 宮地は突然話についていけなくなり、感謝の言葉を述べて離れていく名前をずぼらな顔で見下ろした。彼女は照れた笑みを浮かべている。 「ちょっと待ったあ!!!」 こんな彼らを見て彼女溺愛の高尾が黙っているはずが無い。宮地が呆然としている間に、傍観で我慢出来なくなったのか物凄い剣幕で走ってきた。 「宮地サン…名前はオレの彼女っすよ! いくら宮地サンでも、駄目っす!」 いったい何が駄目なのか。仕掛けてきたのは名前の方なのに、高尾はあろう事か宮地に食いかかってきた。理不尽な反応を向けられた宮地は正気に戻って「あ?」と怒りの声を出す。 普段ならそれだけで静まる高尾だが、今は気にも留めず名前の肩を掴んで軽く揺さぶった。 「名前、オレ何かやっちまった…?」 「やってないよ」 事実、高尾は何もしていない。彼女のお茶目な策にまんまと乗せられただけだ。やってしまったといえば、怒れる宮地をスルーした事だろうと名前は思う。 「名前…ッ、名前がオレを見てくれないなんて堪えらんねぇよ…!!」 「ごめんね、高尾くん。私はこれからもずっと…高尾くんだけを見てるよ」 名前がふわりと微笑んだ瞬間、高尾は彼女の体を強く強く抱き締めた。名前もそれに答え、高尾の背中に腕を回す。しらける宮地の隣で彼らはめでたく絆を確かめ合った。 安定のカップルの様子を見て無事解決かと周りの部員達は安堵するも、すぐに肝を冷やした。宮地が爽やかでドスの効いた笑顔を向け始めたのだ。 「お前ら二人、仲良くまとめて轢き潰してやるからな」 関節が鳴る音と一緒に放たれた言葉に、高尾は背筋を凍らせて苦笑いする。名前は「もうすぐ休憩終わりですね!」と至って冷静に高尾の腕をすり抜けた。 「あっ、名前!」 「よーし、高尾。まずはお前を木端微塵に轢く」 「あは、あはは…宮地サン…、スイマッ、スイマセ…ッ、せめて名前と一緒が良いんすけど、って、ちょっ────」 高尾の叫び声が響くのと休憩終了の時間は完全一致だった。 * その日の自主練習後。名前は高尾に後ろから拘束されていた。 やや激しいチョップを食らった後、宮地から名前の意図を全て聞いた高尾。彼女が宮地に必要以上に近付いていたのは自分絡みだった事を知り、すっかり元気になっている。 「名前ー」 「高尾くんシャワー浴びてきたら?」 そう言いながらも、名前が腰に回された高尾の腕を振り払う事は絶対にしない。軽く身を捩らせてから手にしていたドリンクボトルを渡し、「お疲れ様」と声をかける。高尾は緩みっぱなしの頬を伸ばしたままそれを受け取った。 名前はこっそりドリンクを飲む高尾を盗み見た。黒髪や首筋からは彼の努力の結晶とも呼べる汗が滴っている。ドリンクを流し込む度に彼の喉は一定のリズムを保って上下していた。明るいキャラを見慣れているため、この色艶さにドキドキする。 「なーに見とれてんだよ?」 熱い手が首に触れる。目を瞑る間も与えず、高尾は名前の口に素早く触れるだけのキスを落とした。 「…高尾くん」 頬を染める名前を見て、高尾は口元をニッと吊り上げた。 「今日、オレを弄んだ罰だぜ?」 「反省してます…」 自分は無駄な事をしたな、と名前は思った。今、彼の笑顔は確かに自分だけに与えられている。嫉妬してもらう事より簡単に手に入る嬉しさがここにある。それを感じられただけで充分に幸せだ。 嬉しさに押し負け、名前も力無くへにゃりと笑った。 (全く…オレを巻き込むまでもねぇだろうが) 遠いところで宮地が溜め息を吐いている事など、二人だけの世界に入ってしまった彼らは知り得ないのである。 fin. (2013/12/23) 部活中にラブラブする二人、それを見守る宮地君でした。 秋月様、大変お待たせいたしました! 申し訳ありません…。いかがでしたでしょうか? 私が私なので(!?)完璧にはいきませんでしたが、楽しんでいただけたらと思いながら執筆いたしました! 本日でサイト一周年を迎える秋月様への祝福も込めております。遅筆な上に拙いお話ですが、少しでも秋月様を元気にする事が出来たら嬉しいです! リクエスト&50000hit企画参加、本当にありがとうございました! back |