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君に夢中!




「名前!」

 ズシリと肩にのしかかる重みを受け、少女の持っていたシャーペンの芯はノート上で粉々に砕けた。少女──苗字名前は特に驚かず、「どうしたの、高尾くん」と椅子に座った体勢で彼の名前を呼んだ。普段、彼と自分は同じ部活で選手とマネージャーの関係にあるから振り向かなくても判る。いつも名前に抱き着くのは、彼──高尾和成しかいない。
 高尾がこのように何の前触れも無く名前にちょっかいを出すのは日頃の光景であるため、クラスで気に留める者は誰もいない。最近では名前本人も慣れ始めていた。

「5時限目怠かったから名前に構ってほしくてさー!」
「ごめん、今ノート書いてるから」

 名前はスルーを決め込むとシャーペンをカチカチとノックして新しく芯を出した。ついでにセーラー服の中へ侵入しようとしている高尾の右手を軽くつねっておく。「ペネトレイトは試合中にやってね」と言い放つ名前に、「さすがバスケ部のマネージャーは言う事が違ぇな!」と高尾は悪びれず返した。

「高尾、やめるのだよ」

 そこに高尾と同じくチームメイトである緑間真太郎が現れた。テーピングの巻かれた彼の左手には、本日のラッキーアイテム・お手玉がちょこんと乗っている。緑間の不機嫌丸出しの面持ちに、名前は無表情のままノートを閉じた。この二人が集まったらもうノートを書くどころでは無い。後にしようと諦めて机の中にしまい込んでから、高尾にお手玉を投げつけようとしている緑間の動きを間一髪で制した。

「緑間くん、どうどう…」
「苗字、お前は優しすぎるのだよ。こんな引っ付き虫などとっととひっぺがせば良いだろう」
「真ちゃんこそ名前の二の腕揉んでんじゃん…!!」
「うるっさいのだよ」

 高尾が抱き着いていると緑間が必ずそれを阻止しに来る。そしてどさくさ紛れに名前の体のどこかしらにボディタッチをする。こちらは許容範囲のスキンシップだから質が悪い。これもこのクラスでは当たり前の流れだ。名前が高尾の腕の間から教室を見ると、クラスメイト達が生暖かい視線を送っていた。

「何だよ真ちゃん。嫉妬なんて見苦しいぜ?」
「黙れ高尾。だ、断じてそんな事は」
「ギャハッ! 吃ってんじゃねーかよ!」
「苗字の傍で下卑た笑い方はやめろ!!」
「はあ…」

 火花が飛び交う真下で名前は机に左手を置き息を吐いた。高尾は未だに首に巻き付いて離れようとしない。緑間も名前の右腕を解放する気は無いようだ。

(嫉妬って何の事だろ?)

 何故、毎日二人が自分の前で揉め合うのか名前には解らなかった。バスケの最中の彼らのコンビネーションは素晴らしいし、むしろ仲は良い方だと思う。マネージャーの仕事をしている時、彼らが揉め合っている様子は見られない。毎日自分の前ばかりでその仲の良さが著しく損なわれているとはいったいどういう事なのだろう。考えを巡らすうちに、一つの面白い発想が頭に浮かんだ。

「まさか、二人とも私の事好きだったりして〜!」

 名前は明るく彼らに言った。もちろん冗談で、笑いを起こすつもりでの発言だった。しかし高尾も緑間も急に黙り込んでしまい、名前は慌てて口をつぐむ。緑間はラッキーアイテムを床にパタリと落とし、高尾は名前に絡めていた腕をゆるゆると解いた。自由の身になった名前は、そろりと振り返って二人の様子を窺う。
 真っ赤になって視線を逸らす高尾とあからさまに動揺している緑間を見て名前は目を点にした。てっきり不快感を抱いて顔を歪ませていると思っていたのに。予想外の表情に、安堵よりも先に驚愕の感情が渦巻く。

「え、高尾くん…?」
「ちょっ…マジで今こっち見ないで……」
「緑間、くん…?」
「………馬鹿め」
「え、っと……」

 名前は茹で蛸のように頬を染め、勢いよく背を向けた。落ち着かない手をどうにかしようとスカートの裾を握るも力が入らず震えが増すばかりだ。自分は異性にこういう反応をされた時、余裕を持って振る舞えるような人間では無い。頼むから演技か何かだと言ってくれ。心の中で必死に願ったが、高尾も緑間も一切否定の言葉を口に出さなかった。
 つまり、高尾の言っていた嫉妬という意味は───把握した瞬間、顔の赤みはさらに増した。

「と、とりあえず……次の授業の準備しようか」

 名前のぎこちない提案に、高尾は首を縦に振った。緑間は落としたラッキーアイテムを拾ってからそそくさと自分の席に座った。
 この授業が終われば部活が待っている。どう二人に接したら良いものか悩みながら、名前は机の中のノートを取り出し、殴りつけるかのようにまとめ書きを再開した。早く胸の鼓動を静めたい、そんな気持ちを込めながら。

 いつの間にやら、クラスメイト達の視線は好奇心溢れるものに変わっていた。この日を境にクラス内が高尾・緑間・名前の話題で持ちきりになる事を現時点の彼女はまだ知らない。




fin.

(2013/09/03)



 高尾君と緑間君による争奪戦でした。彼らにはバスケでも恋でも良き仲間・良きライバルであってほしいものです(*^^*) 大胆な感じにしようとしたのですがいつの間にかピュアな彼らになっていました…!
 まお様! お待たせしてしまって本当にすみませんでした…! いかがでしたでしょうか…? チャリアカー組は書くのが楽しい組み合わせなので、リクエストとても嬉しかったです! 少しでもまお様に納得していただけるお話になっていたら幸いです。
 リクエスト&50000hit企画参加、本当にありがとうございました!




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