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愛し愛され




「今日は、オレが家事をやる」

 旦那である真太郎が眼鏡のブリッジを押し上げて、ラッキーアイテムと称されたアイマスクを片手に私に言った言葉に耳を疑う。ちょうど今、洗濯物を畳もうとしていた私はぽかんと口を開け空中で手を止めた。

 今日は真太郎の久々の仕事休みだ。医者として働いている真太郎は毎日が忙しい。帰りは深夜になるのがほとんどだし、本当に大変な時は病院で一夜を明かす事もある。そんな貴重なお休みに、面倒事を引き受けたいと頑なに言うなんて。

「……おは朝?」
「そうだ。家事をすると吉だと言っていたのだよ」

 いつも真太郎と観ているおは朝。今朝の私は支度に手間取ってしまったから結果を知らない。だから、真太郎の一言でやっと合点がいった。
 妻の意見としてはゆっくり過ごしてもらいたい。けれど、彼は昔から変わらずの占い信者であって…今日も今日とて告げられた通りに生きないと気が済まないらしい。確か、今朝も真太郎は右手で眼鏡をかけていた。あのジンクスも高校の頃から変わっていない。

「さあ、名前。その洗濯物をオレに寄越すのだよ」

 こうなってしまったら何を言っても聞き入れてもらえないのは重々承知している。嫌な申し出では無いので頷いて一緒にやろうとしたら、真太郎の腕が伸びてきて制止されてしまった。

「オレが一人でやるから休んでいろ」
「でも、私の仕事…」
「オレがやると言ったらやるのだよ。口出しは無用だ、監視もいらん」
「じゃ、じゃあ…お言葉に甘えてインターネットでもしてくるね」
「行ってこい」

 私は何度も振り返りながらゆっくりその場を離れて、別室にあるノートパソコンを開いた。真太郎が苦手な料理分野では無いから心配はしていないけれど、何だか寂しい。手が空いたからじゃなくて、真太郎と同じ空間にいられない事が。
 全部、家事を要求してきたおは朝のせいだ…。軽く不貞腐れておは朝占いの結果についての検索をかける。すると、私に驚きの事実が飛び込んできた。家事をすると吉なんてどこにも書かれていない。

 堂々1位を獲得している蟹座。今日のあなたは──

「……ふふっ」

 上がる口元を手で押さえながらパソコンを閉じ、部屋から出た。


 リビングに戻って真太郎の広い背中に抱き着くと、大袈裟なまでに肩を揺らした。怠そうな、どこか嬉しそうな瞳が私を見つめる。

「……休んでいろと言っただろう」
「今日の蟹座の占い結果…本当は好きな人が喜ぶ事をしてあげると吉、だったんだね」

 何で知っていると言いたそうな顔をされたから、公式サイト以外のところで調べたんだよと教えてあげた。つまり、真太郎は私が喜ぶと思って家事をやるって言い出したんだね。真相が解って、私はますます真太郎が大好きになる。無愛想に見せかけて、最高の旦那さんだ。

「私は真太郎が傍にいるだけで嬉しいよ」
「…そうか」

 少しだけ笑みを浮かべた真太郎の隣に膝をつく。手伝いたいとお願いすると、先程とは違う答えが返ってきた。

「名前がそうしたいのなら、構わん」

 一緒に畳むのを許可してくれた真太郎は、優しい顔をそのままにして続きを始めた。終わっている洗濯物は私が畳んだものより少し不恰好で、真太郎の頑張りが伝わってくる。

「ありがとう、真太郎」

 照れた無言の横顔が、今日も私を幸せにしてくれる。




fin.

(2013/08/17)



 緑間夫婦のお話でした。果たして甘やかしているのか…! 彼のツンデレ具合は本当に難しい…!
 麗華様、お待たせいたしました! いかがでしたでしょうか? 以前褒めていただいた緑間君のように、優しい雰囲気を出せるように頑張りました! 頑張ったのですが…やはり反省点がつきまといますね…(^^;) 私自身は夫としての緑間君が書けたのでとても楽しかったし嬉しかったです。リクエストいただけた時は本当に舞い上がって自分を抑えるのに必死でした! まだまだ発展途上の当サイトですが、これからもよろしくお願いいたします。
 麗華様、リクエスト&50000hit企画参加、本当にありがとうございました!




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