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苦手なものは遺伝する




「父さんっ!!」

 部活を終えて帰宅した息子が、リビングに入ってくるなり、夕食を食べていた私の旦那──幸男くんのところへ飛んできた。その向かいの席に座っていた私は、短髪で太眉の高校生をきょとんと眺める。

「おかえり。どうしたの?」
「母さん…。こ、これ…」

 息子の手にはハートのシールが貼られた白い便箋が一枚乗っていた。これが何なのか、誰が見たって一目瞭然だ。

「ラブレターだね」
「ガハッ……」

 幸男くんが噎せた。タイミング悪く、肉じゃがを食べて飲み込もうとしたところだったようだ。
 私は幸男くんの背後に歩み寄って背中を擦る。「悪い」と小さな声で告げた後、幸男くんは息子の方──正しくはラブレターに視線を注いだ。

 我が笠松家の息子は、海常高校のバスケ部で1年生の時からスタメンに選ばれている実力者である。幸男くんの教育あってかキャプテンシーが備わっており、既に主将候補として名の上がっているポイントガードだ。まるで高校生の幸男くんのよう。
 そんな息子は高校に入ってからやたらとモテるようになった。だけど、息子は彼女を作ろうとしない。理由は明々白々。幸男くんの異性苦手が伝染してしまっているからだ。
 過去の幸男くんは「ああ」とか「違う」とかで何とか異性と話していたけれど、この息子は完全に異性をシャットダウンしている。学校生活では首を縦に振るか横に振るかでコミュニケーションを取っているらしい。まあ、それが人気の秘訣になっているみたいなんだけど。

「良かったね! どんな子?」
「し、知らない…」

 え、と私の声がフローリングに落ちた。息子に訊くと、頷いて受け取るのが精一杯で肝心な女の子の顔を見ていなかったのだと言う。これはもう、一種のコミュ障レベルだ。

「ど、どうすりゃ良いんだよ父さん!!」

 幸男くんの肩がビクンと揺れた。覗き込むと目がふわふわ泳いでいる。この息子は完全に相談相手を間違えているね。
 幸男くんは咳払いをして顔を険しくすると、息子に向かって言った。

「ととと、とにかく中身読め!! もしかしたらラブレターに見せかけた果たし状かも知んねぇ!!」

 ダメだこりゃ。

「え、えっと…前から好きでした……うああ!! ラブレターだったアアア!!」
「…っ、マジかよ…!!」

 テンパって食事どころじゃ無くなった幸男くんと、赤い顔を両手で覆い隠す息子。ああ、見てられない。
 これは幸男くんよりも同級生で海常バスケ部レギュラーの森山くん二世に相談した方が良いんじゃないかな…。そう言ったら二人に真っ向から全否定された。扱いは世代を越えても変わらないんだね…。

「幸男くんがもらった訳じゃ無いのにそんなに慌てちゃう?」

 私の問いに、「それもそうか…」と幸男くんは落ち着きを取り戻し始めた。何歳になってもピュアで可愛い旦那だなぁ。
 女は女でも、私の事は冷静に考えられるのにね。冗談っぽく言って笑ってみたら、急に幸男くんが真剣な表情を作った。

「名前は、そりゃ…特別だからだろ」

 小声でぼそっと呟いて、幸男くんは食べかけの肉じゃがに視線を落とした。息子は聞こえなかったみたいで首を傾げている。
 幸男くんの口からこんなに嬉しい事を言ってもらえるなんて思ってもみなかった。

「幸男くん最高! 大好きっ!」
「ん、」

 首に抱き着いた私を背中で受け止める幸男くん。心臓がバクバク煩く鳴っているのは、息子への見栄のために黙っておいてあげよう。
 ときめいてくれる辺り、私は幸男くんに愛されているんだと再び実感した。

「……お前もいつか大切な人が見つかれば自然にこうなれる」
「そ、そんなモンか…?」
「無理しなくて良いんだよ? 昔の幸男くんも、異性に関して全部一からのスタートだったんだから。子作りの時だって…」
「っ!? 名前っ…、それ以上言ったらブッ飛ばすぞ…!!」
「かっかか…母さんっ、や…やめぇっ…!!」
「冗談なんだけど…。それよりラブレターの返事はどうするの?」
「「……」」



苦手なものは遺伝する?



 とりあえず、今の息子には恋よりバスケを頑張ってほしいかな。あの頃のかっこ良い幸男くんみたいにね。




fin.

(2013/07/29)



 笠松家族のお話でした。企画提出作品の森山家族の派生です。ギリギリ誕生日に間に合わせる事が出来ました。笠松君、お誕生日おめでとうございます!
 この作品はセンカ様に捧げます! センカ様が優しいメッセージで後押ししてくださったおかげでこれを書こうか悩んでいた迷いが消えて、「書こう!」という気持ちになれたんです! 改めてお礼申し上げます。本当にありがとうございました!




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