トラジェディーは突然に 「最低!!」 大きな声が体育館に響いた。瞬間、乾いた音がして火神の頬に衝撃が走る。火神を平手打ちした苗字名前は瞳に涙を溜めてその場から走り去った。 苗字名前というのは火神が本気で惚れ込み毎日必死にアピールしてようやく先日から付き合う事になった彼女の名だ。好きで好きで堪らない恋人に平手打ちをされたのも怒鳴られたのも初めてだった火神は、呆然としてヒリヒリ痛む右頬を押さえる。 自主練をしていた誠凛バスケ部は何があったのかと全員が手を休めて火神の傍に近付いた。 名前と火神が付き合っているという事実は誠凛バスケ部の全員が知っていた。人数分の差し入れを持ってきたり練習中の火神を静かに見学していたり、健気な彼女の姿を部員達は何度も見ている。仲睦まじいと思われたカップルに突然訪れた破局の危機。気にするのは当然だ。 「いったい何があったんだ?」 伊月が怪訝な顔をして火神に問う。火神は未だに状況が飲み込めず「え」や「あ」など言葉にならない声を出している。その後ろから黒子がひょっこりと顔を出し、周りにいた部員はびくりと肩を揺らした。 「近くで見ていたボクが説明します」 「おいっ…黒子テメェ!!」 「火神くんは苗字さんを言葉の刃で傷付けたんです。恋人に向かって「太った」だなんて…よく言えましたね」 黒子の言葉にその場にいた全員が押し黙り、火神を蔑んだ目で見つめた。火神は慌てて弁解を始める。 「太ったっつっても、腹とかじゃねぇっすよ!! 何かこう…胸辺りが…」 膨らんだ。そう言おうと開きかけた火神の口を黒子がイグナイトパスのごとく素早い手付きで塞ぐ。火神はバタバタ体を動かし、「何すんだ!!」と文句を言った。 「何すんだじゃありません。それ以上喋ったら火神くんの命が吹き飛びます」 黒子の顔が試合中のような真剣な表情をしているのに気付いて、火神は罵倒するのを止めた。黒子の近くで他の1年生も首を縦に勢いよく振っている。 「火神、マジでその辺にしとけ。カントクが物凄い形相でお前の事見てる」 日向に言われ、リコの方へゆっくり視線をずらす。そこで火神の顔が引きつった。リコが奥歯を噛み締めて火神を睨んでいる。訳が解らないままとりあえず謝罪すると、リコははあっと息を吐いて力を抜いた。 「火神くん。そんなデリカシーの無い事言ってたら名前ちゃんにフラれるわよ!!」 「なっ…」 リコは顔付きを変えて、火神に人差し指を突き付けて言い放った。周りの部員達も同意して口々にぼやき始める。 フラれるという言葉に火神はようやく事の重さを知って、リコに叫んだ。 「そんな…っ…オレは名前が好きだ!! 別れたくねぇ…っです!!」 「だったらちゃんと名前ちゃんに気持ち伝えて謝んなさい! あの子なら許してくれるはずだから」 「ウス! オレ、今すぐ名前探してくるんで…っ」 「大我!」 女声のした方に一同で振り返る。そこには先程出ていった名前が立っていた。火神は驚いた顔で数秒固まってから、ハッとして走り寄る。 「名前…」 「さっきはごめん。あんな事言われたぐらいで叩いちゃうなんて…本当にごめんなさい。許してほしいの…!」 少し泣き腫らした目には、もう怒りの念は籠っていない。火神は名前を見下ろし、安心感で緩む顔を片手で覆い隠す。部員達は名前と火神に向かってそっと微笑んだ。 「名前、あのな…」 「う、うん…」 リコに言われた、気持ちをきちんと伝える事を思い出して火神は名前に向き直った。 今度こそ、誤解されないようにちゃんと言う。自分の気持ちを。本当に思っている事を! 「名前すまねぇ!! オレの言い方が悪かった!! お前は太ったんじゃねぇ。胸が大きくなっただけだっ!!」 火神の熱烈な告白に、空気が凍りつく。感情をあまり表に出さない黒子でさえも思いっきり顔を歪ませた。 名前は暫し硬直した後、真っ赤な顔でまた涙目になり、火神を見据え拳を構える。 「は……えっ!? 名前!?」 「火神、彼女とごゆっくりな!」 何か勘違いしている木吉がそう告げたのを合図に、部員達は光の速さで体育館を後にした。火神は果たして生きていられるだろうか。日向や伊月は心配になったが、とばっちりを避けるためには見捨てるしかなかった。 ここまで来たら、もう火神の自業自得だ。名前に納得いくまで暴れさせてあげた方が良いだろう。 その場に取り残された火神は、平手打ちされた時のようにピタリと停止した。体も、思考回路も、何もかも。 「大我…やっぱり最低!!」 「名前…!! 待てって!! 許し……痛ェ!!!!」 次の日、赤面する名前に頭を下げる火神の姿が誠凛高校の至るところで見かけられたという。 fin. (2013/06/21) 当サイト初の火神君です。タイトルには偶然「トラ」の文字が入りました! 干し梅様、遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした…! いかがでしたでしょうか? ギャグのつもりが微妙に下ネタチックに…反省要素が拭えません(゚゚;) ずっと書けたら良いなと思っていた火神君をリクエストいただけたのでとても嬉しかったです(*^^*) これを機に増やしていけたら良いなと執筆欲も湧いてきました! リクエスト&10000hit企画参加、本当にありがとうございました! back |