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腐女子のランデヴー




 名前はニヤつく顔を隠しきれないでいた。

 今日は前々からチェックしていた漫画の発売日。4件の店をハシゴしてやっとお目当てのものを手に入れた彼女は、スキップしながら道を歩いていた。
 早く読み漁りたい衝動を抑え、駅へ向かう。その駅前で、金髪の男性が名前の目にとまった。


「あの…勘弁してくださいっス…」

 彼は数人の女性に絡まれて、所謂逆ナン状態にあった。
 普段から緑間と高尾の傍でバスケ関連の事を見たり聞いたりしている名前にとって、その彼は全く知らない男では無い。

(あの人、キセキの世代の……名前何だっけ?)

 見た感じ彼は優しい顔をして断っているが、名前には迷惑そうなのをひた隠しにしているように感じた。名前は思い出せないが緑間の友人なら助けなくては。

 名前は漫画の入った袋を大切に抱えると、逆ナン現場に近付いて大声を放った。

「おーい!」
「え?」

 彼が言葉を発する前に、名前は側に歩み寄る。そして、間髪容れず逆ナンの女性達に向かって笑顔で話しかけた。

「すみません。彼、時間が無いんですよ。もうすぐバスケ部の集合時間でして」

 偶然にも制服姿でエナメルバッグを背負った彼と、オシャレに興味が無い故にジャージ姿の名前。意図を汲み取った彼は、とびきりの笑顔で名前に笑いかけた。

「ごめんね、マネージャー!」
「キャプテンから早く来いって連絡あったよ」
「了解っス!」

 逆ナンしていた女性達が見えなくなるくらい離れたところまで、スタスタと2人で逃げる。
 人の少ない路上まで来ると、彼は持ちこたえていた営業スマイルを崩した。

「はあ……ありがとう! かなりしつこかったから、助かったっス」
「やっぱり困ってたんですね」

 頭の後ろに手をやって礼を言う彼に、名前は肩を竦めて笑った。
 一か八かの賭け演技に彼が上手く噛み合せたおかげで女性達をかわす事に成功したのだ。臨機応変に対応してくれた彼に感謝する。

「…それじゃ、私はこれで」
「あっ…ちょっと待って!」

 会釈して駅の方へ歩き出そうとしたのを呼び止められ、名前は彼に振り返る。

「折角だし、お茶でもしないっスか?」
「え? いや、良いですよ。今日買い物したからお金持ってないし…」
「奢るっスよ! さっき助けてくれたお礼したいし」

 そう言うと、彼──黄瀬涼太は自然な笑顔を名前に向けた。
 今度は名前が困るように笑う番だ。









「真ちゃーん…」
「うるさいのだよ」
「うるさくはしてないのだよ…」

 高尾は両手にぶらがった紙袋を揺らしながら、緑間の後を追う。
 保存用ラッキーアイテムの買い物に出掛けて数時間。緑間に荷物持ちを任された高尾はほとほと困り果てていた。両手の負荷と通行人の視線が高尾の顔を暗くする。変な物ばかり持たされるこっちの身にもなってもらいたい。これならリヤカーを引く方がマシだったと、高尾は修理に出している自転車の事を思い浮かべた。

 投げやりな気持ちで遠くの方を眺める。そこで見慣れた女子を見つけ、高尾の足が止まった。

「…どうした、高尾」
「あれ…名前じゃね?」

 確かに高尾の見た先には、クラスメイトであり高尾と緑間にとって特別な女子──苗字名前がいた。
 その彼女に違和感を覚える。隣を金髪の男が歩いているのだ。見覚えのある男の容姿に、緑間の顔が歪む。

「黄瀬? 何故奴が名前と…?」

 昨日、偶然黄瀬が話題に出た時、名前は「誰それ?」と言ってさほど興味を示さなかった。写メを見せても「高尾ちゃんと緑間くんの方がかっこ良い!」と笑顔で言っていた。高尾と緑間が知る限り、名前と黄瀬は直接会った事も話した事も無い。しかし、隣にいるのは間違いなく黄瀬だ。

 困惑している間に、名前と黄瀬は通りの向こう側の喫茶店に入ってしまった。

「……どうするよ、真ちゃん」
「決まっている。追うのだよ」
「異議無し!」

 名前が自分達以外の異性と道を歩くなどあり得ない。高尾と緑間は早足に彼らを追いかけた。









「そっか〜名前っちは緑間っちや高尾クンと同クラなんスね!」
「うん! 緑間くんに黄瀬さんの写メを見せてもらってて良かった〜」

 名前の気楽な対応は黄瀬に好印象を与えた。名前が高尾と緑間の知り合いだと知った黄瀬は完全に心を開き、楽しそうに話す。黄瀬は名前が想像していた以上に話上手だったため、二人はどんどん盛り上がっていった。

 高尾と緑間はメニューで顔を隠しながら、少し離れた席でその様子を観察する。

「ふざけんなよ黄瀬。お前が真ちゃんみたくすげぇ奴なのは知ってる。だからって名前拉致るなんて」
「ふざけるなよ高尾。黄瀬よりもオレの方がずっと強いのだよ。あんなチャラい奴と一緒にするな、心外なのだよ」
「オレも悪いのかよ」

 席が遠いせいで名前達が何を話しているのか上手く聞き取れない。彼らがそわそわしている事など知らずに、黄瀬は高尾と緑間の事を話題に出した。

「名前っちは、二人のどちらかと付き合ってるんスか?」
「グホオエ」

 名前はチョコパフェのスプーンを喉に詰まらせかけた。名前の顔はぶわっと赤くなり、黄瀬はそんな彼女を面白そうに見つめる。

「い、いきなり何なのさ…」
「ごめんごめん、詮索はしないっスよ。でも、好きなんだよね!」
「う、うん…大好き…!」

 名前は言葉にする事で彼らに対する想いを改めて自覚し、更に顔を赤くした。
 彼女の顔が赤くなればなるほど、高尾の顔はどんどん青くなる。

「今名前、大好きって言わなかった…?」
「気のせいなのだよ、心配するな高尾。黄瀬を殺す覚悟は出来ている」
「落ち着け緑間ァ!!」

 緑間が殺気のようなオーラを醸してラッキーアイテムの人形の首を絞め始めたので、高尾は慌てて人形をかっさらう。
 冷静でいられなくなった彼らが黄瀬に見つかるのにそう時間はかからなかった。

(あーあ…何やってんスか、あの二人!)
「黄瀬さん?」

 黄瀬は思わず吹き出しそうになった。余裕の感じられないあまりの必死さから、高尾と緑間が間違い無く名前の事が大好きなのだと一発で確信する。

「名前っち、誘っておいてなんだけどオレ帰るね」

 これ以上、自分が名前といたら彼らも心苦しいだろう。友人達のためを思って、黄瀬はレシートと荷物を掴んで席を立った。

「用事ですか?」
「邪魔者は消えといた方が良いっスから」

 黄瀬が見た方に名前も顔を向ける。高尾と緑間があんぐりと口を開けてこちらを見ていた。









 四人が喫茶店の外に出た頃には、太陽が傾き始めていた。

「──楽しかったよ、名前っち!」

 今までの経緯を高尾と緑間に全て話した黄瀬は満足げに帰って行った。
 名前は未だに浮かない顔をしている高尾と緑間に向き直ると、にやりと顔を綻ばせる。

「まさか高尾ちゃんと緑間くんのデート現場に巡り合えるとはね!」

 高尾と緑間はツッコむ気すら失せていた。
黄瀬を助けたところは彼女らしいと納得したが、簡単に誘いに乗ってついて行ったというのはいかがなものなのか。

「名前ー…」
「んー?」
「黄瀬と何話してたんだよ…」

 高尾が少し乱暴な声で問いかけた。緑間は何も訊かない代わりに強く睨んでいる。名前は首を捻った。

「ほとんど高尾ちゃんと緑間くんの話題だったかなぁ…。二人が大好きだって事、黄瀬さんにすぐバレちゃった。私そんなに解りやすい?」
「「……な」」

「それより漫画の新刊がね!」と話を切り替えて歩き始めた名前の横顔はほんのり赤くなっていた。

「真ちゃん……オレ、今めっちゃ嬉しい」
「奇遇だな、オレもだ」

 安心した彼らは、やっと心の底から笑う事が出来た。


「二人ともどうしたの?」
「何でも無いのだよ」
「前見て歩けよなー」

 改札口を三人同時に通過して、程よい混み具合の駅内に踏み込む。
 今日も、最終的に名前の両隣には高尾と緑間が歩いているのだった。




fin.

(2013/06/15)



 腐女子がデートに繰り出す番外編でした。デートというよりも誘拐される感じになってしまったような……。←
 みき様、お待たせしてすみません…! いかがでしたでしょうか? お相手には黄瀬君を選びました…! 高尾君と緑間君が慌てるを通り越してちょっぴり悪い人になってしまいました(゚゚;) あふた自身は書くのがもう楽しくて楽しくて仕方無かったです! 高尾君と緑間君以外と絡む腐女子はとても新鮮でした。
 リクエスト&10000hit企画参加、本当にありがとうございました!




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