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帝吹休日びより




 快晴の日曜日。帝吹メンバーは赤司とリコの突然の呼び出しにより音楽室に集合していた。

「確か今日ってオフだったわよね? 小太郎、アンタ征ちゃんから何か聞いてる?」
「何もー。日向は?」
「オレも解らない。何なんだろうな…」
「日向も解らないか…オレも解らん!」
「ダアホ。木吉には初めっから期待してねーよ」

 実渕の言った通り本来今日はオフの予定だった。予定変更の場合、普段はパートリーダーに連絡が行くが、今回は音楽室集合しか伝えられていない。皆理由が解らず、ただ首を傾げるばかり。一応楽器は持ってきてあるものの、演奏をするかも判らないので組み立てずにいる部員がほとんどだ。
 名前は皆のように困り果てながら、電話越しに怒る桃井を心配そうに見ていた。

「ちょっと大ちゃん!! 来られないってどういう事よ!!」

 桃井の電話先はトランペットパートの青峰。桃井の近くでは同パートの若松がキレている。

「何だよあいつ!! 生意気にも程があんだろ!!!」
「わ、若松くん落ち着いて…!!」

 若松を必死になだめていると、赤司とリコが音楽室に入ってきた。

「ごめんね! 皆急に来てもらって…」

 近くにあったホワイトボードに、赤司が日付と青峰の名を書き込む。彼が欠席だという情報は、既に赤司は把握済みだった。

「桃井さん、昨日言っていた部費は引き落として来てくれたわね?」
「はい、リコさん。何に使うんですか?」
「僕から説明しよう。……今日は、ここにいるお前達に備品の買い出しに行ってもらいたいと思う」

 赤司の言葉に、シン…と音楽室が静まり返った。

 帝吹では部員が増えた影響で予備の手入れ用品やら掃除用具やら文具やらいろいろな備品が不足していた。このままだと今週末には底を尽きてしまう。それを避けるために休日を返上して部員に買い出しに行かせようという赤司とリコの判断だった。

「今後の予定について話し合うから部活会計の桃井は音楽室に残ってくれ」
「うん、解った」
「木管とパーカッションのメンバーは用具類、金管メンバーは手入れ用品を頼む」

 指揮者に逆らったところでデメリットしか無いのは全員承知している。彼らは合奏の時のような潔い返事をして部費を受け取り、帝光学園近くの大型ショッピングモールへ向かった。









「赤司っちには誰も逆らえないっスね〜」
「赤司だからな。従うしか無いのだよ…」
「スイマセン! スイマセン!」
「ブフォッ、何で桜井が謝ってんの!?」

 木管&打楽器チームは現在雑貨店が並ぶモール内を歩いている。

「うへっ、買うもの結構大量だなぁー!」
「どれどれ……おわっ、本当だ!」

 小金井は赤司から受け取った買い出しのメモを取り出して確認する。隣から葉山が覗き込み、顔を顰めた。

「ここは分担した方が良さそうだね?」

 名前の言葉に全員が頷いた……ちょうどその時。

「あ、向こうにめちゃくちゃ可愛い女の子が!」
「おい森山! 待てよ!!」

 森山が遠くを歩いていた女性の方へ飛んでいってしまった。宮地が止めたが間に合わない。

「すまんのう、3年は早速別行動させてもらうわ」

 今吉は部費の封筒から札を何枚か取り出し、小金井の持っていたメモから三分の一ほどをちぎり取って宮地と一緒に森山の後を追った。名前達1・2年はその場に取り残され、唖然とする。

「3年がいなくなって残念……キタコレ!」

 伊月のダジャレに笑う者は誰もいなかった。


 気を取り直して必要な備品を買うために雑貨屋へ入る。
 伊月・葉山・小金井が会計を済ませている間、名前・桜井・黄瀬・緑間・高尾は店の外で待機していた。

「和成くんや良くんはここのショッピングモール来た事ある?」
「楽器屋は一度だけ真ちゃんと行った事あるんすけど、この辺りは初めてっすね!」
「スイマセン、僕はショッピングモール自体初めてです…」
「オレや緑間っちは中等部の頃からよく来てたっス! でも、オレ達も楽器屋がほとんどだったかな」
「このモール内の楽器屋は広くて便利なのだよ」

 会話を弾ませていた五人は周りに人だかりが出来ている事に気付かなかった。

「すみません! モデルの黄瀬涼太さんですよね!?」

 一人の少女が黄瀬に話しかけた。黄瀬は普段の癖で笑顔で肯定し、しまったと口を押さえる。それを合図に大勢の女性が黄瀬に向かって大波のように押し寄せてきた。
 身長のある桜井、緑間、高尾はすぐに壁際に避難したが、小さめな名前はあっという間に波に飲み込まれた。

「うわぁ…!!」

 満員電車のように押しに押され、彼女は運の悪い事にエレベーターの中に流れてしまった。

「名前サンっ…!!」
「苗字さん!!」

 高尾が叫んだ声も緑間が伸ばした手も、扉の閉まったエレベーターの中に届く事は無かった。









 同時刻、金管チームでも似たような問題が勃発していた。

「え? アツシがいない!?」

 氷室は、真っ青な顔をして頷く土田と水戸部に向かって困惑気味に訊いた。紫原が楽器屋に向かっている途中でいなくなってしまったのだ。帝光学園から急いで出てきたせいで誰も携帯を持ってきておらず、通信手段は無い。
 ショッピングモール入口から楽器屋に行くまでにはかなりの距離を歩かなければならない。途中には駄菓子屋やスーパーマーケットなど菓子好きな紫原が行きそうなスポットが沢山ある。恐らくその何処かでふらりといなくなってしまったのだろう。

「全く何やってんだ!! まだ目的地にも達してねぇのに!!」

 若松は青筋を立てて頭をガシガシ掻いた。

「え…。紫原、いなくなっちまったのか?」
「ちょっと! 同じパートの子でしょう!?」

 きょとんとする木吉に、実渕がツッコむ。このまま見つからないと先輩である自分達が赤司に何と言われるか。想像しただけで身が縮こまる。

「とにかく2年は紫原探すぞ! 1年は楽器屋で用事済ませて来い!!」

 日向はメモと部費の入った封筒を近くにいた降旗に押し付けた。

「え、でもオレ達だけじゃ…」
「ダアホ!! このだだっ広いモール内を右も左も解らねぇ1年が動き回ったら迷子が増えるだろうがぁ!!!」

 日向もトラブルに相当キているらしい。降旗だけで無く、側にいた河原と福田も肩を震わせた。

 氷室、土田、水戸部、若松、木吉、実渕、そして日向。頼れる2年が一気に消えてしまい、欠席の青峰と迷子の紫原を除く金管1年組は呆然とした。

 沈黙を、戸惑う火神が破る。

「と、とりあえず楽器屋行くか? えーっと、モールのマップは……」
「ボク、中等部時代に行った事があるので案内しますよ」

 小さく手を上げた黒子に、火神・降旗・河原・福田は驚き一斉に叫んだ。









 金管楽器で騒動が起きている事など露知らず、名前は偶々見つけた楽器屋の中を彷徨いていた。
 名前は、実はこのショッピングモールについて詳しく知らなかった。高尾同様、楽器屋には来た事があるがそれ以外はからっきしだ。
伊月達についていれば大丈夫だと思っていたのに、一人になってしまってはどうする事も出来ない。携帯は持ってきてあったが電池が切れてしまった。

(…何で吹奏楽部誰もいないんだろ…)

 ここは金管チームの買い出し場のはず──だが、何度見渡しても知り合いの姿が見えない。
 ぐるぐる回っているうちにエレキギターのコーナーに出た。

「……ひゃっ…!!」

 前を見ていなかったせいで人にぶつかり、名前は後ろによろめく。

「…! わ、悪い!」

 ぶつかった男は名前が顔をあげる前に去っていった。彼の背負っていたギターケースには、「K」の文字の刺繍。
 名前はぼうっとして、遠ざかった男の後ろ姿を眺めた。

(…今の人、何処かで見たような…)
「苗字先輩」
「!?」

 隣に現れた人影に、気を抜いていた名前は短い悲鳴を上げる。そこには、たった今楽器屋に到着した黒子が立っていた。

「テツヤくん…! 良かった、知り合いに会えて…」
「火神くん達も一緒ですよ」
「…おーい、黒子どこ行っ…苗字先輩じゃねーか! …ですかっ!」

 火神の後ろから、降旗・福田・河原が走ってくるのが見えた。


 むやみに動かない方が良いという黒子の提案で、名前は会計を終えた金管1年組と楽器屋前にあるベンチで腰をおろしていた。

「そっか…敦くんも迷子になっちゃってるんだ…」
「っす。今、金管の先輩方が探しに行ってんだ、です。オレ達はその間に買い出しを……ん?」
「どうかしましたか、火神くん」
「あれ、木管の3年だよな…?」

 火神の指差した方向には、迷子になる前に別れた宮地・森山・今吉の姿がある。名前が手を挙げると彼らは小走りに近くへやって来た。

「名前ちゃんじゃないか! やっぱりオレの運命の相手は…」
「えっ!? 森山先輩、さっきナンパしてませんでしたっけ…?」
「こいつが上手く行く訳ねぇだろ」
「アレは無かったわー。ワシまでビビってしもた」

 彼らの分の買い物は終わっているようで、いくつかの袋を分担して手にぶら下げている。
 宮地は面子を見渡し、木管と打楽器メンバーがいない理由を名前に尋ねた。迷子になったと正直に言うと、彼は眉間に皺を寄せ名前の頭を優しく撫でた。

「…大変だったな、苗字」
「いえ…っ! あ、あの、金管組の方は敦くんがいなくなっちゃったみたいで…先輩方は見てないですか?」

「あれ〜? 皆こんなとこで何してんの〜?」
「敦くんっ!?」
「タイミングええなぁ」

 菓子袋を大量に持った紫原が曲がり角からひょっこり顔を出した。金管2年が必死に探しているというのにあっさり見つかってしまった紫原。お菓子を咀嚼する音に金管1年達の溜息が上乗せされた。

「……お前ら、全員ここで待ってろ。動くなよ」
「宮地、何処行くんだ? ナンパか?」
「刺すぞ森山。…あの大人数を探してたらキリねぇからな。あそこのインフォメーションカウンターで呼び出す」


 その後、「迷子は見つかりました、帝吹の皆様は至急楽器店前まで」という前代未聞のアナウンスがショッピングモール内に流れ、木管&打楽器チームの1・2年と金管チームの2年が楽器屋前に集まった。
 こうして、名前と紫原はめでたくそれぞれのチームに合流する事が出来たのだった。

「探したよ、名前。無事で良かっ……ハッ、佐賀まで探した!」
「あはは…。ありがとう、迷惑かけてごめんね…皆」
「名前先輩は悪くねぇっスよ!! 元はと言えばオレのせいなんスから!!」
「スイマセンスイマセン!!」

「アツシ、今度から勝手にいなくなったらダメだよ」
「え〜…」
「今回の件、コンダクターには黙っててあげるから…ね?」
「わ、解ったし…。赤ちんには言わないでよ、室ちん」

 名前達が合流した時には全ての買い出しが終わっていたので、一同は赤司達が待つ音楽室へ真っ直ぐ帰る事になった。









「皆おかえりー!」
「お疲れ様でした!」

 リコと桃井の明るい声が、音楽室に戻ってきた帝吹メンバーを迎える。名前は何とか無事に帰って来れた事に安堵した。

 買ってきた備品を各場所に仕舞い、行きと同じく音楽室に全員が集合した。全体を見渡して赤司とリコが前に立ち、今後の予定の発表に入る。
 全ての話が終わると、赤司のオッドアイが名前を射抜いた。

「名前」
「は、はい!?」

 名前を呼ばれ、声を裏返して返事をする。反射的に名前の背筋は伸びた。

「今日は、これで活動を以上にするが…何かやりたい事はあるかい?」

 怒られるのでは無いかと思っていた名前は拍子抜けし、数回瞬きを繰り返した。
 今日は一度も楽器に触れていない。どうせ帰っても暇になるだけだ。フルートのケースに目線をくれて、赤司の方を向いて少しだけ笑う。

「自主練、かな」


 名前と同じ考えを持っていた部員は多く、その後楽器が保管してある音楽準備室は混雑に見舞われた。
 大変だったけれど、たまにはこんな休日もありだろう。名前は音の響き始めた音楽室を見渡してそう思った。




fin.

(2013/06/13)



 ハモルリズム番外編でした。あれもこれもと詰め込んでいるうちに話が膨らみ過ぎました…! 時期は本編プロローグの前辺りです。
 香織様、大変長らくお待たせいたしました…!申し訳ありません。いかがでしたでしょうか? 本編で練習モードな休日を書いていく予定なので、このような冒険チックな番外編にしてみました! 本編進行の都合上、全員を出す事が出来ずすみません。まだまだ先の長いハモルリズムですが、これからもよろしくお願いいたします!
 リクエスト&10000hit企画参加ありがとうございました!




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