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Look at me!




「名前」
「ん〜」
「外、良い天気だな」
「ん〜」
「……」
「ん〜」
「……話聞いてんのか?」
「お手!」

 笠松は、カーペットの上で仔犬と戯れる苗字名前を悔しそうに睨み付けた。




 仔犬を引き取ったから見に来ないかと誘われた笠松は初めて名前の部屋を訪れていた。普段から部活ばかりで彼氏らしい事を何もしてあげられていないと葛藤していた笠松にとってこれは千載一遇のチャンスだった。それなのに、彼女はさっきから自分を放置して仔犬とばかり遊んでいる。
 最初は笠松の方を振り返りつつだったが、先日覚えさせたという躾の復習を始めてしまってからは話しかけても相手にされなくなった。
 この犬のせいで折角の二人きりを潰されてしまっている。込み上げる切なさを、睨む以外の方法でどう処理すれば良いのか笠松には解らない。

「えへへ〜リョータ!」

 笠松を苛立たせる原因はそれだけでは無い。名前はあろう事か仔犬に黄瀬の名前をつけて呼んでいるのだ。
 前に練習試合を観に来た時、名前は黄瀬を犬みたいと可愛いがっていた。黄瀬が満更でも無い顔をしていたので遠慮せず殴ったのは笠松の記憶に新しい。
 犬と言えど自分以外の男の名前を彼女の口から聞くのは実に不愉快だ。かといって、犬に文句をぶつけても何もならない。

 仔犬が名前の頬をペロペロと嘗める。笠松がまたひとつ睨みを効かせたところで名前が顔を上げた。

「幸男? 目付き悪いよ」
「気のせいだろ」

 笠松がすぐ逸らしたために、目が合ったのは一瞬だった。
 立ち上がり、座り込んでいる笠松を見下ろす。不機嫌オーラを放つ彼はこちらを見向きもしない。名前は笠松を放っておいた事を反省すると同時に嬉しく思った。お堅い彼が珍しく不貞腐れている。こんな笠松は滅多に見られるものでは無い、と。
 声を出しそうになるのを堪えて笠松に近付き、そっと彼の短髪へ手を伸ばす。

「…よしよし、幸男」
「…!」

 笠松は、頭に降りてきた柔らかい手の平に体を強張らせて硬直した。名前に頭を撫でられるのは初体験だ。
 上目気味に名前の様子を窺う。「思っていたより柔らかい髪だね」と感想を述べてふにゃりと笑う名前の表情は犬に向けられるのと同じものだった。構ってもらえたのは嬉しいが、この表情を向けてほしかった訳では無い。
 笠松は目先にある彼女の手首を掴むと、強引に自身の方へ引き寄せた。名前は前によろめき、笠松の腕の中におさまる。衣類が擦れる音がした。

「えっ、ちょっと幸男」
「うっせぇ」

 笠松に抱き締められるなど予想していなかった名前は動揺を隠しきれない。慌てて離れようとする名前の腰と頭に笠松の手が回る。バスケ部レギュラーの力に名前が敵うはずも無く、胸板に押し付けられた。

「放置の次は犬扱いか? マジ有り得ねぇ……」

 叱咤するつもりが、極度の緊張状態にあった笠松の声は尻すぼみになった。腕の中で名前がクスリと笑う。

「あははっ…ごめんね」
「……」
「大好きだよ、幸男」
「…あっそ」

 ぶらついていた両手を笠松の背中に回すと、彼の抱き締める腕に更に力が籠った。解りやすい照れ隠しを名前は黙って受け止める。

 仔犬は尻尾を振り、二人に向けて高い声で鳴いた。




「そうだ、一緒にリョータの散歩行こうよ」
「何だよ、急に」
「良い天気だなって言ったの、幸男じゃん」
「…聞いてたのかよ」

 照れ臭さそうに微笑んだ名前に、笠松も頬を赤らめたまま少しだけ笑ってみせる。

 部屋の窓からは、雲ひとつ無い青空が輝いていた。




fin.

(2013/06/10)



 作中には書かれていませんが、犬種はゴールデンレトリバー(だったら良いな!)というあふたの妄想が含まれています。
 あすか様、お待たせいたしました! 犬に嫉妬という美味しいシチュエーション…あふたはニヤニヤしっぱなしで書いておりました…! 私の勉強不足な面が否めない完成となってしまいましたが(゚゚;) 少しでもあすか様に楽しんでいただけたのなら嬉しいです(*^^*)
 リクエスト&10000hit企画参加本当にありがとうございました!




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