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妄想に付き合って




 本日4時限目の授業は先生が欠席のため自習になった。普段なら課題のプリントをすぐに終わらせ、本を読んで過ごすオレだが、この席ではそんな訳にも行かないらしい。

 開始からしばらくして自習監督の先生が出て行った直後、苗字が小声でまたとんでもない事を言ってきた。

「高尾くん! 緑間くん! 先生いないからチャンス! いちゃつけいちゃつけ!」
「はあ!? 名前何言ってんだよ!!」
「苗字!! 周りに聞こえるのだよ!!」
「心配しないで! 久々の自習で皆もそれなりにうるさいからさ!」

 確かにクラスが少し騒がしい。各々私語も交えて話しており、オレ達の会話は誰にも聞こえていないようだ。だからといって、苗字が喋っていて良い事などひとつも無いのだよ!!
 後ろで苗字と高尾がボケとツッコミの攻防を繰り広げている。頑張れ高尾!! 一刻も早く苗字を黙らせろ!!


…だが、苗字に好意を持っているであろう高尾に期待しても無駄だった。

「ん〜…じゃあ、いちゃつくのは二人きりの時で良いから、妄想に付き合ってよ!」

 ああ…まずい。話がおかしくなり出したのだよ。

「例えば、高尾くんがMだったら!」
「はあ!? 名前何言って……」



────
───
──


『真ちゃん、オレ…こんなんじゃ足りね…よっ…もっと…激しく、して…っ』
『仕方無い奴だな…高尾…っ』
『…真、ちゃん、あっ!! そこ…や…』
『ん…嫌ならやめるか?』
『嫌じゃ、ない…! もっと…いじめてくださ
「うああああああああ」

 勢いよく席を立ち上がった高尾に、クラス全員が黙る。

「高尾…」
「あ、あははー寝ぼけてた」
「もう、高尾くんてばー!」

 苗字がそう返答すると皆安心したのかそれぞれの会話に戻って行った。
 真顔の高尾が、静かに着席する。

「名前…オレの大切な何かが消えたよ?」
「え? 高尾くんの童貞? 緑間くんに捧げなよ!」
「……」

 高尾、もう何も言うな。何か言ったら負けなのだよ。そして、苗字への好意が少しでも残っているのなら今すぐ捨て去れ。
 苗字は項垂れる高尾を気にも留めずに喋り続ける。

「高尾くんが欲しいのに素直になれない緑間くんも良いかも!」
「は? 苗字ふざけるな!!」



────
───
──


『高尾…!! 何をするつもりだ…』
『真ちゃんてば強がっちゃって…じゃあ、このまま放置でも良い訳?』
『……っ』
『辛いっしょ? ねぇ…』
『そんな事は…っ……た、高尾…』
『…真ちゃん、その顔は反則っしょ…』
『高尾…っ、…もう、イかせ
「うおあああああああああ」

 勢いよく席を立ち上がったオレに、再びクラス全員が黙る。

 高尾なら普段からうるさいので納得されるが…オレを見るクラスメイトの目は尋常じゃない!! 最悪だ、どうすれば良いのだよ!!

「真ちゃん…」
「もう! 高尾くんがいきなりくすぐるから、緑間くん吃驚しちゃったじゃん!!」
「えぇぇオレ!!?」

 苗字が高尾をそう叱ると皆「緑間ってくすぐられるの苦手なんだな〜」などと言いながらそれぞれの会話に戻って行った。…苗字のせいでクラス全員に勘違いされたのだよ!!

「名前…またオレの大切な何かが…」
「高尾くんの大切な何かとは、緑間くんの事だよ! 良いね?」
「……(良くねえよ)」

 …高尾、ここまで来ると最早苗字は普通の人間では無い。危険人物なのだよ。オレも精神的に何か削られた気がする。

「でもさ、でもさ」

 また苗字が笑顔で高尾に話しかけている。もう聞くな、高尾。

「どんな高尾くんも素敵だよね!」
「っ!!」

 あ……

 高尾の顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。高尾…お前……。
 高尾を哀れんでいると、今度はオレを見つめてきた。

「…」
「何だ、苗字」
「もちろん緑間くんも素敵だよ…?」
「…っ!?」

 ん? ……何だ? 今、首を傾げた苗字に心臓が跳ねたような…。どうしたのだろうか、オレは。

 逸らすように時計に目をやる。授業終了まであと5分。ああ、もうそんな時間か。
 普段なら課題のプリントをすぐに終わらせ…そう、課題のプリントを…課題の、プリント……


 課題のプリント!!!
 しまった!! まだ半分残っている。しかも今日に限って提出課題!!

「高尾…お前、プリントやったか?」
「え? …あああ!! 忘れてた!! 1問も解いてねぇ!!」

 オレは頑張れば何とか5分で完成させられるだろう。よし、残り時間で人事を尽くそう。
 そういえば苗字も終わっていないのではないか。喋ってばかりいるからこうなるのだよ。…今回のオレが言える事では無いが。


「高尾くん、私のプリントで良ければ写しちゃう?」
「は、え ? 名前?」
「先生いないからチャンス!」

 苗字…今何と言った?
 …まさか。

「喋る前から…終わらせていたというのか…?」
「うん! そだよ♪」

 な、何───!?
 有り得ん、有り得ん、有り得ん!!
 ツッコみたいが、時間が無い。

 涙目でプリントを受け取る高尾と相変わらず笑顔の苗字に、オレはただ大きな溜息を吐くしか無かった。









 次の日プリントが返却された。オレは満点だった。人事を尽くしたと言えよう。
 しかし───。

「……」
「緑間くんも満点なんだ! やったね!」
「真ちゃん! オレ、名前の満点お裾分けしてもらった!」

 喜んで良いはず…なのに、後ろ座席ではしゃぐ二人のせいでオレは今とても複雑な心境だ。
 驚くほどのスピードで問題を解いた上に満点……苗字、貴様は一体何者なのだよ!?

 ……オレの憂鬱はまだまだ続きそうだ。








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