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たんぽぽの咲く庭先で




『入学式、二人で一緒に行かねぇ?』

 彼が私を誘って来たのは、つい先日の事だ。付き合いの長い私達は、お互い緊張したり照れたりする感情は滅多に持ち合わせない。けれど、その時の彼は珍しく照れ混じりだった。
 あまりにも意外であまりにも嬉しいお誘いに、家族と行くつもりだった私はすぐに予定を変更して、彼と電車を乗り継いで向かう事を選んだ。

 私は未だ鮮明に覚えている仄赤い顔を思い出し、鏡の前で髪にブラシを通しながらクスリと笑う。


 インターホンの音を追って、私を呼ぶ母親の声が聞こえた。今行く、と大声で叫んで、ブラシを片手に洗面所を抜け玄関へ走る。高鳴る気持ちと共にドアを押し開けると、そこにはちょうど考えていた彼の姿があった。

「おはよ、宮地くん」

 彼の暖色の髪が、春風になびいてふわりと揺れている。身嗜みの整った彼は、数日前に会った時より、幾分か大人びて見えた。

 今日から大学生になる私達は、もう学ランやセーラー服なんか着ていない。私も宮地くんも真新しい黒スーツに身を包んで、これからスタートするキャンパスライフに期待を膨らませている。
 一ヶ月前の卒業式では、自分の涙や後輩達の鼻水で制服の袖をびしょびしょに濡らしていた高校生だったのにね。何だか不思議で可笑しく思えて、また一つ笑みが溢れた。

「早かったね」
「待たせたら悪ぃからな」
「ごめん、まだ支度終わってない」
「良いって。オレが待たされんのは構わねぇよ」

 上がっていてと促したら、宮地くんは素直に頷いて敷居を跨いだ。

 彼は、バスケ部に所属していた頃に比べて穏やかになった気がする。相変わらず物騒な口調は直っていないし怒らせると恐いけれど、前よりも一緒にいて安心できるようになった。


「髪、手伝ってやる」

 家族への挨拶もそこそこに、私を追って洗面所へやって来た宮地くん。鏡越しの彼を視界にとらえて、私の心臓が跳ね上がる。

「え、い…良いよ」
「名前の不器用っぷりは折紙付きだろ」
「…そんな事無いもん」

 高いところから大きな手が伸びてきて、何も言わずに私の持っていたブラシを奪っていった。
 髪が一掬い持ち上げられて、ブラシが通る。時々私の首に触れる手がくすぐったい。いつもの宮地くんなら、暴言を言うけど今日は違った。

 宮地くん、笑ってる。とても幸せそうに。

「何か、さ」
「うん?」
「名前と同じ大学行けんの、夢みてぇ」
「それは私の台詞だよ」

 今日を迎えても、夢のように感じられる。宮地くんと同じ、第一志望に合格出来たなんて。もちろん学科は違うし偏差値にも差がある。それでも、同じキャンパスの中で過ごせるだけで、私は充分嬉しい。

 宮地くん以上に、私は喜びを噛み締めてるんだよ。


 出来た、と小さな声がしたので鏡を見たら、さっきまでボワボワしていた髪が綺麗にまとまっていた。
 宮地くんはそのまま優しい手付きで私のスーツに触れ、糸屑を取って裾を引っ張り真っ直ぐにしてくれた。

 ふいに宮地くんの手が私の両肩に置かれた。改まった顔が鏡にくっきりと写っている。

「今年度もよろしくな、名前」
「宮地くんらしくないねぇ」
「轢かれてぇのか」
「よろしくね!」
「……おう」

 宮地くんに手を引かれて、洗面所からリビングへ。
 家族と向こうで合流する時間の再確認だけして、二人で玄関の外へ飛び出した。

 今年度も、大好きな人の隣で春風を体に吸い込む。

「行くか」
「うん!」

 新たな学生生活の始まり。たんぽぽの咲く庭先で。




fin.

(2013/07/26)



企画『panier garcon』に提出しました!



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