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もしもの話をしよう




「お!」

 苗字名前は面白い事を思いついたと声を張り上げ、体育館の床に座っていた小堀と黄瀬を呼んだ。

「小堀っ、黄瀬くんっ」
「苗字、どうした?」
「はーい! 何スか?」
「もし、笠松と森山が入れ替わったらすごそうだよね?」

 名前が指を差したゴール下には、シュート練習をしている笠松と森山の姿がある。
 小堀と黄瀬は唐突な名前の問いかけに首を捻る。名前が先程の言葉に「頭の中が」と付け足すと、ああ…と納得した声を発し、頷いた。

 笠松が女性苦手なのに対して森山は女性に目が無い。この思考が入れ替わったらの事について彼女は言っているのだろうと推測出来た。黄瀬は、女性に果敢に挑む笠松を想像してヘラリと笑う。

「衝撃半端無いっスね…!」
「女好きな笠松とか笑えるでしょ?」
「おー、随分と失礼な会話してんなァ苗字」
「げっ…笠松」
「苗字、何の話してたんだ? オレがいなくて寂しかった、とか?」
「森山キモい」
「苗字酷い」

 顔を上げると、タオルを首から提げた笠松と森山が立っていた。シュート練習は終わったらしい。彼らは汗を拭き終えると名前達の輪に加わった。
 先程の想像をフラッシュバックさせて噴き出した黄瀬の脳天に笠松の手刀が落ちる。名前に辛辣な言葉をぶつけられ落ち込んでいた森山は小堀のフォローにより復活した。
 本人達の意見も是非とも聞いてみたい。名前は黄瀬が立ち直るのを待ってから冒頭の話題を笠松と森山にも吹っかけた。

「なるほど、オレが女の子が苦手だったら…って話か。有り得ないけどな」
「ねぇ森山、ちょっと汚い言葉遣いで「女子苦手なんだよ」って言ってみてよ」
「おい苗字、汚い言葉遣いってどういう意味だコラ。シバくぞ」
「お、落ち着け笠松」

 面倒臭がって考えるのを放棄していた笠松も、聞き捨てならないと名前に歯向かう。小堀は焦りつつ笠松の腕を掴んで冷静に止めた。
 一方、森山は急に俯いて黙り込んだ。

「………」
「森山センパイ?」
「……じょ、女子って苦手なんだよ…っ馬鹿野郎……」

 森山の渾身の力を込めた演技は完璧だった。彼は顔を軽く伏せ、名前をチラチラと恥ずかしげに見つめて声を震わせる。
 ギャップにときめいた名前は、演技だと解っていても叫ばずにはいられなかった。

「…っ!!! ヤバい惚れる!!!」
「よし、苗字結婚しよう」
「三枚に卸すよ?」
「魚の切身っスか」

 約3秒で元に戻った森山に、再び名前の冷酷な暴言が突き刺さる。小堀は苦笑し、黄瀬と笠松はほぼ同時に溜め息を吐いて思った。さすがは残念なイケメンだ、と。

「じゃあ次、笠松。「君とここで出会えたのは運命なんだよ」ってかっこつけて言ってみて」
「ハァ!?」

 落ち着くのも束の間、今度は笠松に無茶難題が出された。笠松は一瞬で顔を火が出そうなくらい赤く染める。名前は、いったい何を妄想したんだと疑問に思った。だが口には出さなかった。

「黄瀬くんになら言えんでしょ? はい、どうぞ!」
「へ? オレに…?」

 笠松は名前をジトリと睨み付け拒否しようとしたが、視界に入った小堀の慈愛満ちた笑みに免じて、「一度だけだからな」と了承した。

「おい、黄瀬」
「は、はい」
「お前とここで出会えたのは、運命なんだよ…」

 静かな声に、時が止まった。

 笠松が頭に疑問符を浮かべて混乱していると、黄瀬が突然瞳を潤ませた。

「黄瀬っ!? そんなに変だったのかオレは!?」
「違うっス……ぅ…笠松センパイ…! オレ…っ、感動したんス!」

 黄瀬には笠松が、海常バスケ部とその仲間に出会えた事を言っているように聞こえたのだ。嬉しそうに涙を拭う黄瀬に、名前達は優しく微笑む。


「あ(れ)? キャプテン達どうしたんすかー?」
「え…黄瀬、何で泣いて…」
「早川くん! 中村くん! ちょうど良いところに!」

 そこに早川と中村が歩いてきた。名前はすぐに近くまで来てくれと呼びつける。レギュラー6人が揃ったところで名前は「もっかいさっきの言って!」と笠松に笑顔を向けた。

 この海常バスケ部で出会えた運命に悪い気はしない。始めの話題はもうどうでも良くなっていた。

「……早川、中村」
「「?」」
「お前らと…いや、お前らだけじゃねぇ。森山、小堀、黄瀬、もちろん苗字もだ。オレ達が海常で出会えたのは───」




 この後黄瀬は涙をぶり返し、早川と中村も号泣した。
 名前・笠松・森山・小堀は後輩達を宥めながら間近に迫る引退や卒業の事を思い出し、切なげに目を細めた。




fin.

(2013/07/02)




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