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漫画読もう




「〜♪」

 苗字がスキップしながら帰って来た瞬間に5時限目の号令がかかった。

「遅かったな名前」
「うん、隣のクラス行ってた! にふふふ〜♪」
「ニヤけてんじゃねぇよ!!」

 授業中だぞお前ら。
 後ろを向いて怒鳴ってやりたいが、今はその授業中なのだ。こういう時にこの席は不便だ。
 小声で聴こえてくる話の内容はもちろん心地の良いものでは無い。

「さてさて、萌えを吸収するかな! 高尾くん、先生が近付いてきたら教えて!」
「オレのホークアイそんな事に使うなよ!!」

 哀れだな、高尾。少し前までは喜んでいたのに。
 でも何だかんだで「しょうがねぇな」とか言っているこいつは正気か。オレだけでなく苗字の下僕にもなるつもりなのか。

「…って…名前、何読んでんの…」
「ああ、これ? 恋愛漫画だよ! タイトルは『ツンデレ眼鏡男子とハイスペック男子』!」
「はあ…ってええ!? R-18ぃ!? しかもこれ…おっ男同士…」
「良いでしょ!」

 待て待て待て待て、良い訳が無いだろう。明らかに基準がおかしい。どこでそんなものを手に入れたのだ貴様は!! 漫画を授業中に読む事自体間違っているというのに…。

「あれ…この眼鏡男子…」
「解る? さすが高尾くんだね! 緑間くん似でしょ、このツンデレっ子!」

 は?

「言われてみれば…真ちゃんぽい!」
「でしょ? …で、この隣のかっこ良い男の子が…高尾くん似!」
「オレに似て…っ!? かか…かっこ良い!? へっ、へー…」

 何満更でも無い返事をしているのだこの下僕は。照れている暇があるならオレを会話に出すのを止めてくれ。

「隣のクラスの友達がこういうの見付けるの得意なんだよ〜♪」

 ああ…苗字がいつも昼休みいなくなるのはその友人に会いに行くためだったのか…。類は友を呼ぶとはまさにこの事だろう。

「高尾くんも、見る?」
「え?」

 …おい、苗字。高尾に何をする気だ。

「ほら、この挿入シーンとか「あああああああああ!!!!」
(高尾───!!!)

 高尾はいきなり教室を飛び出して行った。
 クラスの空気が凍る。先生も何が起きたのか解っていない様子。すぐに口を開いた苗字。

「先生! 高尾くん、昼休みくらいから具合悪かったんです。ずっと我慢していたみたいなんですが…」
「そうか…心配だな」
「はい…」
(先生───!!!)

 苗字、何て恐ろしい奴だ。高尾だけで無く先生まで陥れるとは…。オレは戦慄した。

「ん? どうした緑間…。お前も具合が悪いのか?」
「はい…」
「大丈夫か? 保健室行くか?」
「平気です。頑張って慣れます」
(((何に?)))

 先生に何を訴えても苗字に阻まれそうだから、もうやめておく。
 ちらりと苗字を見れば、またその漫画を見てニヤニヤしていた。む、むかつくのだよ!!









「ふにー!!」
「──ただいまぁ…真ちゃん…。…って何やってんの!?」
「高尾か。見れば解るだろう、制裁を下している」

 結局高尾が戻って来たのは5時限目終了後で、オレが苗字の頭を掴んでとっちめている時だった。

「いだだだだ緑間くん痛い!! 良いじゃん! 授業中に漫画読んでも!!」
「お前の漫画は異常なのだよ!!」

 あとで苗字がオレに見せてきたが…、男同士で、その…まぁ…いろいろな事を…!!

「し、真ちゃん…!! その、名前可哀想だから…頭もげるから!!」
「お前はこんな破廉恥な奴の肩を持つのか!?」
「え、えっと…」
「……真太郎…っ…あぁんっ……激しすぎて「うぉおおおおおおおお!!!!」

 いきなり声を変えるな!! いやらしくするな!!
 オレは苗字をぶん投げる勢いで離し、苗字からは「ぐえっ」という効果音が発せられた。高尾は顔を真っ赤にして震えている。

「さあ、6時限目の準備しようよ! ラブラブカップル!」
「「誰がだ!!」」

 オレから解放された苗字は笑顔でそう答える。全く…真面目に授業を受けてほしいものだ。









──6時限目。


「あれ、名前。何このルーズリーフ…」
「それ? 5時限目、高尾くんが出て行っちゃった後の授業ノートとったやつ! 私は書いてあるからそれ自由に使って♪ …あと、さっきはごめんね? 吃驚させて…」
「いや…。え!? これポイントめっちゃ書いてあるけど!?」
「先生の言った事はとりあえず全部書いておいたよ!」
「……マジか」

 漫画を読んでいたくせに人事は尽くしていたようだ。苗字…やはりお前は恐ろしい奴なのだよ。








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