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with 森山由孝




 大きな背中が丸まって、その中からじめじめした呻き声が洩れている。もう幾度と無く見てきた光景だ。今日も今日とて森山は、女の子絡みの事で落ち込んでいる。

「苗字…」
「また? 面倒臭いなー…今回は何が原因?」

 毎度愚痴られるこっちの身にもなってほしいと憎まれ口を叩きながらも、私は耳を傾ける。森山は、二年生に可愛い女の子がいると聞いて勢いで話しかけに行ったらドン引きされた、と体を更に縮ませた。
 いつの間にか習慣になってしまった森山との語らいは本日も安定の走りっぷりを見せている。私は、次があるからまた頑張りな、と苦笑いした。

「……オレに魅力が無いから悪いのか?」

 妙だ。普段はすぐ開き直るのに、今日の森山の顔色は未だ優れない。辛辣な事でも言われたんだろうか。問えば、図星だったようで益々気を落とさせる結果となってしまった。
 良い意味でも悪い意味でも森山は思い込みが激しい。酷い対応をされたらかなり落胆する。全部取りこぼさず真に受けるのが森山って男だ。

「はっきり言われたんだ、何の魅力も感じないって」

 体の奥が、ツンとした。
 そして思った。その女の子は、森山の事を何も解ろうとしなかったんだと。
 初対面の人にちぐはぐな運命論を押し付けられて迷惑に思う気持ちは理解出来る。でも、森山の事を全く考えずに言ったのなら前言撤回をお願いしたい。

「魅力、あるよ」

 気が付いたら口にしていた一言に、森山の顔がゆるゆると私の方を向く。疑い深く細められた目が「例えば?」と問うている。

「例えば。この前の試合で、ミスした選手を助けてあげてたよね」
「え…」

 先日の日曜日、体育館でやっていた練習試合。シュートが届かなかった身長の低いチームメイトに、森山はタイムアウトの時間を使って身振り手振りで話かけていた。何を言っているかまでは聞き取れなかったけれど、その男の子の柔らかくなった表情から頼もしいアドバイスをあげたんだと解った。
 それからの後半戦。男の子は一度だけ綺麗なシュートをリングに収める事ができ、森山に駆け寄って感謝していた。仲間を励まして成長させた森山の姿はとても魅力的だと私は思う。

「ま、待て…苗字、あの時来てたのか? オレ、女の子探してギャラリー隈無くチェックしてたのに知らないんだけど」
「電車が遅延してたからね…、観てたのは第1Qの途中からだよ」

 試合中の森山はギャラリーなんて目に入ってないから知らないのは当然で。それくらい真剣にバスケに取り組んでるところも魅力の一つだよ、と手元のペンを弄りながら伝えた。探すまでも無く、森山の良いところは次々と出てくる。

「過小評価するなんて、その子は見る目が無いんだね」

 顔も名前も知らないその女の子を最後に見くびってやると、森山は私を凝視したまま固まった。見つめ合って沈黙の約5秒間。なかなか動いてくれないので片手を顔の前で緩く振る。

「おーい…森山?」
「あ、その…。苗字って結構オレの事見てくれてて…、ありがたいな、と」

 呟くような言い聞かせるような森山の言葉を受けて、さっきまで夢中で語っていた発言を振り返ってみる。あれ…何で私あんな事言ったんだろう。
 急に活動を始める、身体中の赤血球達。私の内側が殴られるみたいに揺れ動く。何故、私から森山についての情報が簡単に出てくるのか。考えが到達したのと同時に手からペンが逃げた。

 私は、いつも無意識に森山を捉えていた事に今まさにこの瞬間……最悪なタイミングで気が付いてしまったのだ。

「苗字のおかげで元気になれそうだ…って、どこ行くんだよ!?」

 居たたまれなくなって教室を飛び出した私を、森山はどう思ったかな。
 自覚していく想いが私を惑わせる。困ったな、今度からどんな顔して森山と話したら良いのか見当つかないよ…。








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