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「別にツンデレの実践なんかやりたい訳じゃないんだからな!」

 残念な森山の台詞に私はときめいたりしない。私がときめかないのなら、奴と同性の彼らがときめくはず無いのだ。




萌えよ海常 〜ツンデレ〜




「森山もそう言ってるし帰ろうぜ」
「賛成です。今日は部活オフですし」
「待ってくれよ笠松っ中村っ!! やるに決まってんだろ帰らないでくれよ…!!」

 薄笑いして鞄を肩にかけた笠松と中村くんに、森山が飛び付いた。
 森山って、案外ピュアの部類に入ると思うんだよね。ネット知識は豊富でも、実際それを実行に移そうとすると上手く出来ないんだもん。今こうして必死にツンデレっぽく見せようと頑張っているのだって、森山のピュアな一面と言えるんじゃないだろうか?なんて解釈とフォローを同時進行してみる。

「苗字センパイ、目が死にかけてるっスよ」
「ナイス注意、黄瀬くん」

 そんなこんなで、本日も森山率いる萌え男子実践が行われようとしている。


「ツンデレというのは、言葉の最初に「別に」、最後に「だから」を付けるだけで完成する簡単な属性だ」

 森山が自信満々で講じたツンデレの説明。何か違う。いや…絶対違うよね。
 ツンデレは、まあまあ世間一般的になりつつある属性だから私も一応知っている。ツンツンした性格の人がデレるとドキッとくるアレだ。別に知りたくて知った訳じゃないんだからねと心の中で言った自分を嘲笑う。

「別に早川、明日の練習メニューはなんだったか? だから?」
「別に! 明日は基礎と自主(れ)んが中心っす! こぼ(り)さん! だか(ら)!」

 小堀と早川くんが試しているけど最早ツンデレじゃないよ。何の罰ゲーム? 何の言葉遊び? 超癒されるんですけど…!

「森山センパイ、異議ありっス」

 そこで、静かだった黄瀬くんが挙手をした。森山が発言を許可すると、黄瀬くんは「中学のチームメイトにツンデレに近しいかも、な人がいて…」と話し始めた。
 なんとなく解る。秀徳の1年生、緑間くん。確か彼は素直じゃない性格をしていたはずだ。黄瀬くんに訊くと、「ご名答っス」と頷いてくれた。

「素直じゃない、なんて可愛いと思うのも解らなくないっス。でも緑間っちが可愛かったかというとそんな事は無かったんスよね」

 真顔が、深刻さを物語る。黄瀬くんは緑間くんの素直じゃなさすぎる性格に苦手意識を持った事もあったと言う。

「つまり…ツンデレは拗らせると非常に面倒な属性なんス!!」
「おお、なるほどな!!」

 「程々にって事だな?」と森山は頷いているけれど問題はそこじゃない気がするのは私だけですかね。
 …ってか、さりげなく元チームメイトにダメ出ししたよ黄瀬くん。私は、黄瀬くんが森山側にますます寄ってしまった気がして悲しくなった。

「だから、オレは笠松センパイくらいのツンデレをオススメするっス」
「………オレ、だと?」

 ツンデレは面倒臭いという内容の後で話を振られて顔を歪める笠松。しまった、笠松が標的になった。
 いや、まあ…確かに笠松は普段から結構ツンツンしてるからデレはレアかもだけど…って、私は馬鹿か!!?

「オレ、笠松センパイはツンデレの素質を秘めてると思ってたんスけど…違うんスか?」
「何っ…笠松、オレにもツンデレを分けろ!!」
「勝手にツンデレって決めつけんなよ!!」

 笠松のツッコミに合わせて、私は雑念を振り払うべく「そうだそうだ」とぼやく。ついでに付け足させてもらう、ツンデレは他人への譲渡不可だぞ森山よ。
 笠松がこの空気に飲まれたら非常にヤバいのに。ツッコミ係が減るのに、私の仕事が増えるのに。何処かでデレ笠松を見てみたい自分が邪魔をしている。私はなんて最低な人間なんだ、助けなきゃ…。…とは、思ってるんだけど…。

「別に笠松はツンデレだったのか? だから?」
「別に! よく解(ら)ないけどそうみたいっすね! だか(ら)!」

 心を入れ換えるために、未だ「別に〜だから」文法で会話を続けている小堀と早川くんのマイナスイオンでも吸ってこようか。こんな喋り方する時点で、この二人はツンデレの意味を全く理解していないようです。

「あの、森山さん」

 笠松ツンデレ説が確定しそうになっていた時、中村くんの声が空気を変えた。森山は黄瀬くんと笠松の元を離れ、笑顔で近付く。

「中村! お前も何かあるのか? 良かったら教え──」
「オレ、明日に控えてる小テストの勉強したいんですけど帰って良いですかね…」

 冷たく低い声に森山の肩がビクッと上がった。笠松、小堀、黄瀬くんも吃驚して黙り込む。同じ学年の早川くんですら声を失う程、中村くんのその声は厳しくて恐かった。でも、一番驚いていたのは中村くん本人だった。「あ…」と小さく溢して口に手を当てている。
 急に来たシリアスムードに部室の温度は急降下した。森山はふざけるのを止めて、中村くんを見ている。中村くんは言い過ぎたと思ってるんだろう、視線を下に向けて泳がせた。




「あ…えっと、ゴメン、な」

 沈黙に終止符を打ったのは森山の謝罪だった。中村くんは森山の方へゆっくり顔を向ける。

「お前は真面目だから…その、」

 森山は飄々としてるけど仲間を大切に想ってる奴だ。だから後輩を責めるとかは絶対有り得ない。逆に、責任を感じて先に折れたんだと思う。

「オレの事、嫌に…」
「……違います」

 静かに言い放たれ、森山は濁していた言葉をぴたりと止めた。後に拡がった沈黙がやたらと長く感じる。まさか喧嘩に発展するの? そんなの嫌だ。私と同じく危機的気配を感じ取った笠松や小堀が口を開こうとする前に、中村くんが言葉を紡ぎ出した。

「オレは、森山さんが異性に興味を持ち過ぎなところ、時たま疑問に思いますけど…」
「…う、」

 ごもっともな意見を森山に突き付けながら中村くんはどんどん下を向いていく。同じ身長の二人だけど、この時は中村くんの方がすごく小さく見えた。
 そっぽを向いたままの中村くんは、思い詰めたような顔をして、続ける。

「真摯な森山さんもちゃんと知っています。だから、その……嫌になるなんて…絶対有り得ません…!」

 空気がほわんと軽くなったのが解った。何、何なの。つい、中村くんを凝視してしまう。
 ツンデレはデレの瞬間に究極の萌えを生み出す。今の中村くんは完璧にそれの実現だったのだ。

「ッ…すみません…、今日は…帰ります…」
「あっ、おい! なかむ(ら)!」

 恥ずかしくなってきたのか消え入りそうな声で言った中村くんは、早川くんの牽制を無視して鞄を掴み、部室を駆け足で去った。ちょっと赤らんだ横顔がすれ違い際にばっちり見えた。

(ああぁーっ…!)

 私は背中に萌えの刺激が駆け巡るのを感じた。心をバキュンと射抜かれた。大切な後輩の可愛い反応は相当キた。上手く説明出来ないけど、とにかく射抜かれた。

「う…!? 何だよ…コレ…」
「笠松センパイも感じるっスか……中村センパイの萌えを!!!」

 あの笠松でさえも萌えのパワーに圧されてモゴモゴしている。彼にとっては初めての萌え実感だったんだもんな…。人一倍、感動も大きいはずだよね。
 笠松の隣で、目覚めちゃった黄瀬くんがテンション高く萌えを諭していた。ちょっぴりショックです。

 私は小堀と一緒に、さっきから固まったままの森山に話しかけに行く。森山はもう、そりゃ、想い人から告白受けた女の子みたいな顔をしていた。

「森山、」
「苗字…。オレは誇らしい…、あんなに素晴らしい後輩がオレと同じポジションだなんて…」
「うん、良かったじゃん」
「その素晴らしい後輩の良さを引き出したのは森山だ。お前も充分素晴らしいんじゃないか?」
「小堀っ…!」
(あ…、何か良い話になった)

 中村くんがデレた時の瞬間を私達は忘れない。この激しい萌え衝動はなかなか収まらず、次の日に持ち越しとなる程だった。

 ツンデレについて海常バスケ部なりの結論を2つ。「別に〜だから」なんて型は必要無い事。発動したらただじゃ済まされない事!



ツンデレは、殺人級の破壊力です



「おはよう、中村!」
「森山さん…。あの…! 昨日は失礼な事を言って、本当にすみま「是非、オレにツンデレを伝授してくれ!」
「…………は?」
「その睨みもツンデレのうちなんだな。大丈夫だ、オレには解る」








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