たまたま私がバスケ部の部室にお邪魔している時。森山が思い出したように突然叫んだ。 「オレ達には萌えが必要だ!」 萌えよ海常 〜発端〜 今こいつは何と言った……? 目を点にする黄瀬くん、笑みを絶やさず固まった小堀、首を捻る早川くん、瞳孔開き気味の中村くん。笠松だけが唯一、「は…?」と一文字だけ言葉を発する。つい先程まで和気藹々としていたレギュラー達の空気が一気に淀んだ。 私はピシャリと押し黙ってから、森山にどうしたのか訊く。詰まった時、会話の口火を切るのはだいたい私の役目だ。 「森山、熱でもあるの?」 「真面目に聞いてくれ苗字! 今日の昼休み、オレはネットでこんなサイトを見付けたんだ!」 携帯を取り出して森山が私達に見せたのは、お洒落なホームページのトップだった。 「萌えについて…?」 小堀が不思議そうに液晶画面に表示されているタイトルを読み上げた。森山は、このサイトと運命の出会いをしたと言う。 「今時の女の子は萌えに弱いらしいと知って、隈無く調べて発見したのがこのホームページだ」 森山のノリノリの顔に向けて、中村くんが「はあ」と溜め息に似た声を洩らした。毎日きっついメニュー真面目にこなしているのによくこんなくだらない事に考え費やせますよね、的な顔をしている。瞳孔開き気味のまま。 「これはモテの流行りと言っても過言じゃないんだ! そうだろう、苗字!」 知らないよ。というか、萌えって明らかに万人受けするものじゃないと思うんだけど…。例えるなら、陽泉高校の岡村くんを好きになるぐらいマニアックなもの。…違うか。 「森山さんは何がしたいんですか? オレ達に何をさせるつもりですか? 詳細をお願いします」 ブラック無糖モードの中村くんが丁寧に詰め寄っていらっしゃる。顔が恐いわ。敬語使ってるけど、「何言ってんすか、あ?」みたいなニュアンスがびしびし伝わってくるわ。 「オレ達もこの流行の波に乗って、萌え男子になるためのテクニックを実践しようという訳だ! どうだ!」 「何がどうだだ!! オレらを巻き込むんじゃねぇ!!」 笠松の怒号が森山に飛んだ。それでもめげない森山。小堀がすかさず仲裁に入っていく、お決まりのパターンに突入した。 森山の処理は笠松と小堀がやってくれてるから、私は一番がっつりメンタル攻撃を食らっている1年生エースのカウンセリングに向かおう。黄瀬くんは部室のベンチに座り、膝の上に手を置いて小さくなっていた。私はそんな後輩の隣に腰かける。 「黄瀬くん、言いたい事は解るよ。私に話してごらん、少しはすっきりするかもよ」 「苗字センパイ…マジ男前っス」 「ありがとう、あんまり嬉しくない」 私と笠松と小堀は慣れてる部分多いから割と平気だ。中村くんもいろいろ強いし…うん、平気。 早川くん? さっき私の独断で買い出しに行かせましたよ。あの子は超純粋無垢な後輩なのだ。汚されては困る。 「オレ、森山センパイの事は尊敬してるし結構好きなんスよ。あ、ソッチの意味じゃなくて」 「大丈夫、続けて」 「でも…たまに理解出来なくなるっス、あの人の考えてる事」 うん、だよね。森山歴3年目の私も未だに謎だよ。女の子の事に関しては特にね。頷いて、黄瀬くんの丸まった背中を優しく叩いて慰めてやる。 森山はバスケットボールさえ持ってれば普通にかっこ良い人なんだ。不良でも無いから授業もきちんと受けてるしノートもきちんと取ってる。だからね黄瀬くん…上手く説明出来ないけど、こういうところも含めて森山なんだって受け入れてあげてほしいんだよ。…って、前に小堀が言ってたよ。 「黄瀬くん、一人で悩まないで。私が味方だよ」 「苗字センパイ…マジ男前っス」 「ありがとう、あんまり嬉しくない」 同級生達が静かになったので近付くと、微笑む小堀の前で笠松と森山が握手をしていた。この短時間でよく言いくるめたな、と小堀に感心していたら、近くで中村くんがわなわな震えているのに気が付いた。 「な、中村くん?」 「先輩…大変です。小堀さんが性善説を発動させたせいで、森山さんに付き合ってあげようという結論で話がまとまってしまいました」 「……え?」 よく見たら笠松の顔、全然納得してない。対称的に森山がさっきより爽やかな表情だ。黄瀬くんの方に振り返ると、完全に茫然自失状態。遅かったか…。 嘘だと信じたかったけれど、小堀が「良かったな、森山」と言っているのを聞いて私も通常思考をぶっ飛ばしてしまった。 「先輩! 頼ま(れ)たもの買ってきました!」 帰ってきた早川くんがレジ袋を高く掲げているのが、私の視界の端に映った。 発端は、大体こんな感じでした 「あの…、森山センパイ」 「何だ、黄瀬」 「別にそんな事しなくてもオレはモテるん「先輩命令だ」 [mokuji] |