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 帰宅直後、担任から連絡網の用件で電話がきた。オレの家が不在だったため、個別に連絡してくれたらしい。内容は明日の緊急事項。SHRの時に言い忘れたんだろう。
 聞き取っていると、最後に「笠松の家以外にあった不在宅の一つに連絡を回してくれ」と頼まれた。もちろん、二つ返事で引き受ける。こういうの、部活連絡でも慣れてるしな。

 不在宅の生徒名は、苗字名前。あー、苗字ね。苗字…苗字…。ちょっと待て、まさかの女かよ。オレの専門外じゃねぇか。直ぐ様断ろうとしたが、もう遅い。不通の機械音がオレの耳元で鳴っていた。
 このまま無視してしまえば……一瞬最低な事を考えて首を横に振る。親が出かけている今、この連絡網を回せるのはオレしかいないんだ。
 クラス名簿を持ってきて開く。急ごう、気が変わる前に。


「…もしもし、海常高校の笠松と申しますが…」
『はい、苗字です。…って、笠松く──』

 身の毛立ち、思わず電源ボタン押してしまった。苗字の母親が出たならギリギリ対応出来た(と思う)のに、何でよりによって本人が出やがる。オレにも心の準備ってもんがあんだろ。
 深呼吸して再挑戦しようとしたら、電話が鳴った。表示されているのは、今オレがかけたのと全く同じ番号。不審に思ってかけてきたみてぇだな。しょうがねぇ…なるようになりやがれ!!

「ハ、ハ…ハイ。…アノ…アノ、エエト、カサマツデス」
『笠松くん…?』

 敬語は無様な大失敗に終わった。
 明らかに疑問符付きの女の声が、しどろもどろのオレに伝わる。電話に出ているのは、先程と変わらず苗字だ。情けないが、もうさっきのような丁寧な受け答えは出来ない。

『えっと、平気? 突然切れちゃったみたいで…ごめんね? 私の声聞こえる?』

 苗字はオレのミスを電波が悪いせいだと思っているようだ。謝る余裕も無くて、いつもみたく必要最小限の肯定を示すと、苗字は「良かった」と安堵の声を洩らした。

『笠松くんから連絡来たの初めてでびっくりしちゃったよ〜』
「あ、ああ。ハイ」
『何かご用かな?』

 残念ながら現時点でオレの頭はオーバーヒートしていて、何故電話をしているのか忘れていた。
 完全に思考が止まってしまったオレに、苗字が思い出したように語りかける。

『もしかしてさっき来てた不在着信と関係ある?』
「…あ! えっ…と、あ、あのな、アシタ…明日! ええと」
『大丈夫だよ、ゆっくりで』

 苗字の助言のおかげで、やっと頭が回転を始めた。

 この電話を通じて解ったのは、こいつの人の良さだ。オレが噛み噛みの日本語で用件を伝えている最中、苗字は急かす事無く相槌を打って静かに聞いていた。穏やかな奴。それでいて、優しくて聞き上手な奴だという印象を受けた。

『うん、うん。了解! ありがとう』
「あ、ああ」
『私に言う担当じゃないのに、伝えてくれて嬉しかったよ』
「ああ…き、気にすんな。じゃあ…オレは、これで」
『今度は学校でもお話してみたいなあ、笠松くんと』

 苗字が落とした爆弾発言に心臓が脈打つ。気が付いたら通話を断ち切っていた。乱暴に受話器を戻して床にひれ伏す。体が凄く熱い、どうしてくれんだよ。
 その日、苗字から再び電話がかかって来る事は無かった。

 これは、苗字が与えてくれた苦手克服のチャンスなのかもな…。明日、苗字に謝るついでで話しかけてみるか。きっと、あいつなら笑って応えてくれる。
 イレギュラーな連絡網のおかげで、オレの中にほんの一握りの勇気が湧いた。



20:15 連絡網






(2013/08/13)

第7作目。連絡網で頑張る笠松君。
リクエストありがとうございました!







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