とあるマジバのバスケ部男子

▽ピクルスの貴公子



「いらっしゃいま……せ」

 バイトをする時はちゃんと相手の目を見る事を意識している。そんな私は、今日もお客様の目を見ようとして首を固めた。

「ん、どうかしたかい?」
「え…っと」

 その場にいたお客様やバイトの先輩方が注目している。それほどに、カウンター前にいる青年は美しい顔立ちをしていた。リングを首から提げたお洒落な私服のお客様だ。左目を隠す長い前髪に色気を感じる。
 彼は特に気にせず私のカウンターを選んだだろうに、両隣の先輩方が妬ましげな目で私を睨んできた。ついでに後ろからは、先日彼氏と別れたばかりだと嘆いていた先輩からの睨みが利いている。前を向けば例の青年。四面楚歌じゃないのコレ。

「ご注文を、お願いします」
「テイクアウトの──」

 注文は思ってたより普通で、当店人気のハンバーガーのセット。商品を準備しようとしたら、彼氏と別れたばかりの先輩がぶつぶつぼやきながら手伝ってくれた。何だかんだで良い人だ。

 商品を渡して、またお越しくださいと一礼。もちろん何の発展も無く彼は帰り、他の先輩方は安心したのか睨むのをやめて仕事に戻っていった。…助かった。




 しかし、お客様のピークが過ぎ去った数十分後──なんと彼は店に再来したのだ。汗を滲ませ、艶やかさ倍増のオプション付きで。
 彼はフェロモンをばらまきながら、誰も並んでいない私のカウンターへ歩いてきた。雰囲気的に注文では無い事が読み取れる。

「良かった…。君に用があって来たんだ」
「!!?」

 先輩方が非常に恐い。殺気溢れる視線を私に送っている。いや、いや、商品にアドレスなんて仕込んでませんから!! …さっきから丸聞こえなんですよ!!

「ピクルスが…」
「は…?」

 ピクルスって、一つのハンバーガーに必ず1枚入っているあれだよね。どうかしたんだろうか。理由は不明だけれど「すみません」と謝ってみる。すると、「違うんだ」と首を振られた。

「さっき、買ったセットのハンバーガーに…」
「え、ええ…」
「ありがたい事に、ピクルスが5枚も入っていたんだよ…!」
「は…。えええ!?」

 それは奇跡ですよお客様。ダブルバーガーでも普通2枚しか入っていないものを…。どうやら、この彼は幸運の女神からも愛されているらしい。熱く語る様子からしてピクルスが好物なんだと解った。

「こんな凄い事は最初で最後だと思うから、お礼が言いたくて」

 初対面時のクールな風格は消えているのでギャップに驚く。私だけで手に負えるか心配になってくるぐらい。
 折角だから誰か接客替わりますかと顔を向けた先では、先輩方があのハンバーガーは誰が作ったのかで戦闘状態にあった。男の先輩方は隅っこに無言で避難している。私は虎が噛みつき合うような光景からそっと目を逸らした。今日の先輩方どんだけ肉食女子率高めなんですか。……話しかけられそうな空気じゃないから、私が接客を続けよう。

「あの……お客様はとても情熱的な方なんですね…?」
「……あ、すまなかったね。つい試合並みに興奮してしまったよ」
「試合…スポーツなさるんですか?」
「バスケをやっているんだ」

 先輩方の揉める声をバックに、私は彼とささやかな会話を楽しんだ。彼は長い間アメリカでバスケをしていて最近帰国したばかりだと言う。こんな風に情熱を込めたプレイだなんて素敵だな…。見てみたいかも。

「悪いね、仕事の邪魔をして」
「いいえ全然! 楽しかったです!」

 彼は微笑むと、私を見つめた。

「Thank you so much……ありがとう」

 時が止まったように思えた。たった一言だけど、それはそれは綺麗な発音で。私は片言の日本語で「ドウイタシマシテ」と返す事しか出来なかった。さすが、帰国子女のスペックを持っているだけあるお客様だ。

 彼は私に手を振ると、颯爽と店から出ていった。熱くなる頬を隠したくて、私は深く深く頭を下げる。本日二度目の「またお越しください」も忘れずに。



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