tales | ナノ

「おはよう、の代わりにキスは如何だ?」

「…俺さまの優雅な目覚めを邪魔する奴のキスなんて、頼まれてもいらないね」

そりゃ残念、と俺さまの至近距離で嫌味な笑顔をする男を見て思わず溜め息を吐く。毎朝毎朝、こいつは本当にしつこくて敵わない。せめてこいつが女の子ならまだ積極的なハニーと言う事で受け入れてやったけれど残念ながらこいつは正真正銘の男。否、変態、否、獣!ああ本当に何度こいつに暗い部屋に連れ込まれた事か。男の俺さまにさかってくるなんて見境の無い奴め。俺さまの部屋に無断で入ってきて良いのは可愛い女の子と美人な女性だけだって何度言えば分かるんだよ、と着替えと同時進行で文句を言ってやれば、絶景だな、と意味不明の返事。駄目、俺さまこいつと会話すら出来ない。誰か俺さまに翻訳機を頂戴。今日お前何にも任務入ってねーよなとの言葉に、そうだとしたらと一応肯定めいた返事をすれば、お気に入りのピンクの上着を着ようと腕を少し上げた瞬間に後ろから体に腕が回されてタンクトップと言う寒々しい格好のまま着替えを強制的に中断させられてしまった。初めてこれをされた時の俺さまの驚き様と言えば無かった。いや普通に驚くだろ、気に食わないし好きじゃないけれどまあそれなりに考えて行動したりする辺り侮れないと一目置いていた奴が自分にいきなりこんな事をしてくれば。でもまあ今やられても鬱陶しい以外の何者でも無い訳で、ギロリと自分の背後で気分良さそうに笑っている男を思い切り睨んでやる。

おお怖い怖いと茶化した言葉。本当にムカつく奴だ。何度も何度もこいつにこう言う事をするなと忠告したしそもそも何で俺さまに構うんだよと怒りもした。けれどこいつの返事は至ってシンプルで簡単で「好きだから」だそうだ。意味が良く分からない、もしかしてこの俺さまの事をからかっちゃってくれたりするわけ。とんだ物好きがいたものだとその時は内心で笑っていたしどうせすぐに飽きてこんなふざけた事は言わなくなるだろうとそう思っていた。だから部屋に入って来たりこうして抱きついてきた時も驚きはしたし勿論怒ったけれど性悪男の暇潰しだとどうにか自分を宥めていたのに。のに!

俺さまの思考を遮るようにごそごそと服の中に手を突っ込んできたのは冷たくて無遠慮な男の手。流石にやばいと制止しようと必死に服を抑えてこれ以上手を侵入できない様にして「何してんだっ、この変態!」と思い切り批判してやれば「そろそろ良いかと思ってな」と意味が分からない台詞が返ってきた。やっぱりこの男の考えていることは良く分からないし俺さまってば随分と厄介な奴に気に入られたものだと思う。どれだけ感情をむき出しにして拒否した所でこいつは俺さまが本気で嫌がっている訳ではないと言う事を分かっているのだ、だからこんな行為すら平気でしてくる。何調子に乗らせてんの俺さまってば。気に入らない。この男も、自分の甘さも。タンクトップの中でするりと動く冷たい手が決して不快だと思わないなんてどうかしているのだ。俺さまがこう言う事を許すのは女の子だけの筈なのにこんなにも簡単に後ろを取られて触られるなんて情けないにもほどがある。

「…ふうん、もうあんま抵抗しないんだな」

「何、して欲しいの。変態さん」

「まあその方が盛り上がって楽しいけど、素直なあんたも良いと思うぜ」

うわ、俺さまドン引き。Mなんじゃねーのあんた。そう思わず口に出してしまいそうになったのをどうにか思いとどまる。どうせムカつく言葉が返ってくるだけなのだから言わない方がマシだ。それにしても俺さまはいつまでこの寒々しい恰好のまま朝の冷たい空気に触れていないといけないのだろう。後ろから抱き締められていると言っても寒いものは寒いし落ち着かない。何と言ってもここにはプライバシーと言うものを知らない奴が大勢いるのだ、いつ誰がノックも無しに入ってくるか分からない。「気が済んだら離れてくれない、寒くて仕方ないっての」と出来るだけ愛想悪く怒っていることを押し出した口調で言って睨んでやればきょとんとした瞳と目があった。「何よ」予想外のその反応に唇を尖らせればムカつく笑みがもっと深くなって意味深げに「出ていけとは言わないんだな」と実に嬉しそうにそう言った。それはまるで、俺さまがこいつに離れては欲しいけれど出ていっては欲しくないとでも言っているかのようだと言われているみたいで。ぐつぐつと体の温度が上がっていく。全くもってそんな事無い筈なのに唇は震えるばかりで何も言えなくて泣きそうになる。後ろから楽しそうな笑い声が聞こえてくるのが悔しくて仕方が無い。俺さまの方が年上でクールでビューティーな上に賢いのにこんな変態に言い返せないなんて屈辱だ!

このままじゃこいつのペースに巻き込まれっぱなしだと上がる体温も溢れだしそうになる涙も無視して「お前本当に何しに来たの」と問えば、白い小さな紙を差し出されたので内容を見てみると、アップルグミ10個やらライフボトル5本やらずらずらと道具の名前と数が書かれていた。簡単に言えば買い出し表ってやつだろう。これをこいつが持っていると言う事は…「付き合えよ」ああやっぱり。何で俺さまなのよ。いや別にそりゃあ俺さまも道具にはお世話になっているから買い出しに行く事自体がそこまで嫌な訳じゃないのよ。まあ重労働は好きじゃないけど。問題なのは相手。何でよりによってお前と行かなきゃなんないの。何で俺さまを誘うの。他にも誰か適任そうな奴いたでしょうよ。でもきっとこれを言った所でまたどうせ俺さまと行きたかったからとか言うんだろうなこの変態は。

「デートだと思えば楽しいもんだろ」と何故か自信満々なそいつに鳩尾を一発喰らわせて苦しんでいる内にさっさと上着を羽織って普段の格好へと着替える。「いてえ」腹を抑えて苦しげに表情を歪ませている男を見て良い気味だと笑ってやった。この俺さまをおちょくったりするからこういう目に合うんだよ、全く、さっさとこうしてやれば良かったぜ。朝からこいつに絡まれたせいで朝飯にすらまだ食べていないので食堂に行ってゆっくり上手い飯に舌鼓する事としようと扉へと歩を進める。今日の食事当番に女の子は誰がいたっけ。リリスちゃんかな、クレアちゃんかな、ファラちゃんだったかもしれない。うんうん、誰が作っていたとしても朝から幸せな気分になれそう。

「…おい馬鹿ユーリ、俺さまの飯の邪魔をしなけりゃその買い出し付き合ってもやらなくないけど」

今にも床に蹲りそうになっているそいつにちらりと視線を向けてぶっきらぼうにそう言った。ちょっと同情しただけ。どれだけ頑張って俺さまに見向きもされない憐れなユーリ君に情けを掛けただけ。それにこいつの誘いを断ってリフィル先生やチャットちゃんに怒られるのも癪だし。だから別にこいつがしつこいから別に良いかとかで気持ちが揺らいだ訳じゃない、断じて。「…なあ、お前結構俺に惚れてるよな」その言葉に俺さまは言葉の代わりに舌をべっと出して返事をしてやった。(そう簡単に、認めてなんてやらないから!)


thanks! wizzy



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -