tales | ナノ

夜になれば普段は賑やかなメルトキオも静寂に包まれる。僕ももう眠っていたけれど、ガタンッという大きく重い音にはっと目を覚ました。どうやら音は隣、ゼロスの部屋から聞こえてきたらしい。何か落としたのだろうかと思いながら時計に視線を向ければ、時間は午前3時を過ぎた頃。ゼロスはいつもこんな時間まで起きているのだろうか。そう考えたときなんとなく嫌な予感がした。けれどクルシスだってもう大半は滅んだだろうし、生き残っていたとしてもこんな風に行動する力は既に失っているだろう。それとも神子ゼロスを狙った誰かが襲ってきた、とか。何でもない確率の方が勿論大きい。それは分かっているけれど体は無意識に動いてしまう。一応執事に声をかけておいた方がとも考えたけれど、それすらも惜しくて出来るだけ物音を立てないように隣の部屋に近付いていく。すると微かに部屋の中から声がした。しかもそれは複数で怒鳴り声にも聞こえる。少なくても、深夜に訪れた客というわけではないらしい。

意を決して扉をノックし「ゼロス?」と小さく名前を呼ぶ。すると話し声が止み静けさが訪れた。しかしそれは一瞬で、直ぐにまたドンッと大きな音と誰かの苦しむ声が聞こえてきて思わず衝動的に扉を開けた。目の前に飛び込んできたのはゼロスと二人の男が攻防する姿。部屋はめちゃくちゃとはいかないもののそれなりに荒らされていて、ゼロス自身も髪は乱れ頬に血を滲ませている。二人の男はどちらも継ぎ接ぎだらけの薄い服装でとても痩せており、貧困層の住人だろうと想像がつく。その男たちの手に握られたナイフには少し血がついている。恐らくゼロスのものだろう。僕の姿を見るなり一人が手を伸ばしてき、ゼロスの制止の声を振り切り僕の両手を後ろ向きで拘束した。固く手首を掴まれて振りほどくことが出来ない。首元に当てられたナイフが嫌に冷たく感じる。何かあっても僕に出来ることは少ないだろう、それは分かっていた。けれどこんな簡単に屈せられてしまうなんてあまりにも惨めだ。お前はゼロスの敵にすらなれど仲間になんてなれない。そう言い聞かせられるようで心がギシリと歪む。別に仲間を望むわけじゃない。そこまで高望みをしようだなんて思わない。ただ、僕に居場所を与えてくれた恩を返したいのだ。

「この子供が大事なら、さっさとそいつの居場所を吐くんだな!」

その男の言葉にゼロスの眉間には深い皺が寄っていく。ああ、これはいつも僕に向けられていた表情だ。僕が何かを命令する度にゼロスはこんな風に何かを堪える顔をしていた。(そしてきっと、その度に傷ついていたんだ)

「はっ、お前たちが何の話をしてるのか俺さまさっぱりなんですけど」

冷たいゼロスの返事に男たちはますます怒りを露わにしていく。でも確かにこの男たちの言うそいつが誰なのか僕にも分からない。きっとそれはゼロスと関わりの深い誰か。と言うことはロイドたちのことを言っているのだろうか。でもあのお人好したちがこんな風に怒りを買うなんて考えにくい。なら、誰だ。

「噂が流れてるんだよ!世界を滅茶苦茶にした奴と神子が繋がっているんじゃないかってな!そうじゃないとしても神子なんだから何かは知ってるんだろう!」

あちこちの町や山を破壊したせいで大事な家族や仕事を失った奴がたくさんいる。俺たちだって仕事場が被害にあって食い扶持を稼ぐことが出来なくなった。ただでさえ苦しかった生活がどこの誰か分からない奴の仕業で成り立たなくなってるんだよ。こんな事絶対に許されないだろう。贅沢三昧でこんな豪華な屋敷に暮らしている神子には分からないかもしれないがな。

そこまで聞いて漸く分かった。こいつ等が探しているのは他の誰でもない、僕だ。罪を償わせる為に、殺す為に。じゃあ今こうしてゼロスが傷ついているのは間違いなく僕の所為だ。また僕はゼロスを辛い目にあわせている。負わなくてもいい痛みを受けさせている。今までと何も変わらないじゃないか。どうあっても僕はゼロスにとって邪魔になることしかできないの、そんなの、そんなの。

「嫌だ!」

僕にナイフを当てている方の腕に思いっきり噛み付けば男その痛みに反射的にナイフを落とす。その隙にそれを拾い上げてそいつの右太ももに軽く突き立てる。軽くといってもやはり刃物で刺されるのは酷く痛むのだろう、男は短い悲鳴を上げて床に転がった。手に残る肉を刺した感覚に不快感を覚える。カーペットを汚す血に心臓がどくりと脈打つ。つい最近まで当たり前だったはずのことが、こんなにも受け入れがたくなっているなんて。そこで初めて自分がどれほど平和な場所に身を置いていたのか実感した。いや、違う、平和な世界を作っていてもらっていたんだ。それがとても不甲斐なくてナイフを握る手に力を込める。そのときバタンッと前から音がして顔をあげると、ゼロスがもう一人の男に馬乗りになっていた。そしてそのままゼロスは男の手からナイフを奪い取り顔の真横に突き立てる。その表情はいつになく真剣で、本当にそのまま殺してしまいそうなほどだ。「俺さまの部屋がこれ以上お前らなんかに汚されるのはごめんだからな」そう言ってナイフを抜くとゼロスは浅く息を吐いた。男も主張を通すより自分の命を優先したいのか何度も頷いて体を小さくなっている。どうやら一応の事態の収拾は出来たらしい。

「セバスチャン、こいつらを連れて行け」と扉の方に向かってゼロスがそう言えば「承知致しました」と静かで冷静な返事がしゆっくりと扉が開く。そこにはいつから待機していたのかセバスチャンと数人の執事が立っており、手際よく二人の男を拘束し部屋から連れ出していった。そう、あれだけ物音を立てておいて僕以外に誰も様子を見に来ない方がおかしかったんだ。理由は分からないけれど多分ゼロスに止められていたのだろう。もし何かあっても自分が呼ぶまでは関わるなと。

僕とゼロスの二人だけになった部屋。床に座って黙っているゼロスにそっと近付いてしゃがみこめば不意に赤に染まった脇腹が視界に映った。予想外のことに驚き顔をあげれば、まるでいたずらがばれたような顔をして苦笑するゼロス。お前は何を笑っているの。そう怒りたくなる気持ちを抑えてベッドのシーツをナイフで切り裂き腹に巻いていく。「あーあ、それ結構いい値段したんだぜー」という軽口に「うるさい」と一喝し止血をする。白いシーツにじわりと染みていく赤を見て自然と口が開く。

「…ごめん、僕の所為で」

僕がゼロスを傷つけていたのは今に始まったことではなくてそれこそキリがないほどだけど、謝ることだけが全てではないともう僕は教えてもらったけれど、それでもやっぱり言わずにはいられないのだ(ゼロスの温かさや優しさに触れる度にそれは大きくなっていく。そんなお前を僕はどうあっても傷つけることしか出来ないと、辛くて悲しくて、たまらない)ぽんと頭に置かれた手からお前の所為じゃない、そう伝わってくる。その程度にはこの手の優しさに慣れてしまった。守られて、甘やかされて、僕はまた縋ることしか出来ない。これを今は、に変えていけるようにしなければならないんだ。それがきっと僕に出来る、いや、しなければならない大切なことだから。

強くなる、君のため、自分自身のために。


thanks! wizzy



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -