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お前の居場所はどこにあるのだと、アイスブルーの瞳を捕まえて問う。普段よりも少し濁った、私ではない何かを映す青。そんなこと初めからだ。最初にこいつと出会ったその時から、一度としてこの眼に私が映ったことなどなかった。ただその先にあるものを見るための通過点として置いているだけ。私に敵うわけがないと自分が一番よく知っているだろうに、それでもずっとずっと先だけを見据えて生きている。愚かだ。やはり、こいつもただの人間なのだな。だがそれでも良い。私の目的のために動いている間は好きにさせておけばいい。邪魔さえしなければこんな人間一人が何をしようと気にすることではない。全ては姉様のために。そう思っていたはずなのに、ああ何故私の手はこんなにも見っとも無く震えているのだ。動揺しているのだ。臆しているのだ。分からない。けれど言いようのない不安に駆られる。早く答えろ。お前の居場所はどこにある。お前が最後に帰るべき場所はどこだ。逃げられない様に壁際に追い詰めぐっと距離を詰める。

「愚問でしょうよ、ユグドラシル様」

にっこりと、実に楽しそうに歪む口元。変わらない笑い方だ。お前はずっとそのいけ好かない笑みしか私には見せない。まあ当たり前と言えばそうだろうが。それにその生意気な顔が憎しみや恐怖に変わるさまを見るのは中々に面白い。だが、今はそれを楽しむ気分ではないのだ。近くにあった短剣を掴み白い頬のすぐ真横に突き立てる。刺さなかっただけマシ。それをこいつも分かっているのだろう、ごくりと喉を上下させ唾を飲み込んだ。そう、別に刺してしまってもよかった。けれどそうすればきっとこいつは痛みに苦しみ私の問いに答えることが出来なくなるだろう。だからそうしなかっただけのこと。「答えろ」短く、威圧的な言葉。大概の者はこれで言うことを聞く。まあ私に逆らおうとする奴など、最初からごく僅かだが。実際こいつも強がってはいるが手を固く握り締め自分を保つのがやっとと言った状況だ。だがそれでも問いに答えることはない。初めてこの男に接した時から、確実に何かが変わってきている。神子からの解放、それだけのために私につき従い不服そうな顔をしながらも命令をすれば何でもやってきた。こうして咋に刃向かうようなことなどしてこなかったというのに。けれどその理由は単純明快である。

「そんなにあいつらといるのは居心地が良いのか」

耳元でゆっくりとそう言ってやれば、瞳が大きく開かれ動揺の色が濃く浮かぶ。あまりにも突拍子のない私の言葉に面を食らったのか、あるいは図星だったのか。どちらにしてもあの一行がこいつの心に深く立ち入っているのは間違いないだろう。特にあの男、ロイド・アーヴィング。力も弱い綺麗事ばかりの理想論者。諦めなければ、やってみないと、この男の口から出てくる言葉は私にとって笑ってしまうようなことばかり。だがそれは今私の目の前にいるこいつだって思っていたことだろう。偽善や欺瞞ばかりの世界、そんな中で私もこいつも生きてきた。だからこういう部類の人間に一番嫌悪感を覚える。この気持ちは私とこいつの数少ない共有点である。その筈なのに、私が気付かぬ内にこいつにとってロイドはいつの間にか嫌悪の対象ではなくなっていたというのか。私には決して許しはしない心の奥を、他の、ちっぽけな人間に見せようとしているというのか。それはなんて不愉快で、許しがたいことだろう。

握っていた短剣を手放してそのまま無遠慮に赤い髪を掴む。からんと短剣が床に落ちる音と「いっ」と小さく痛みを訴える声が同時に耳に届く。そう、お前はいつでもそうやって私からだけ何かを与えられてきただろう。それで良い。今までもこれからも私だけがお前を揺るがす理由であれば良い。あんな、何もできない口先ばかりの連中に絆されるなんてあってはならないことだ。そうでなければ、もしお前はすぐにだって私の元をさるのだろう?いいやもう既にそうしようとしているのかもしれない。私を裏切り、あいつ等の仲間になろうなどと考えているのかもしれない。神子から解放されることとあいつ等と、お前はどちらを取るつもりなのだ。掴んだままの髪をぐっと前に引っ張れば吐息のかかるほどの近さとなる。何をするつもりだ、そう言わんとしている瞳に少し笑いそのまま距離を詰めた。

このまま窒息させてしまおうか。そうすればもうこいつの生意気な言葉も求めている以外の台詞も言えなくなるだろう。あの男の元に行くこともない、私から離れていく心配もない。名案だろう。(どうしてこんなことを考えてしまうのか。自分の心が読めなくなっていく)ドンと胸を強く押され体が離れた。肩を大きく上下させてしゃがみ込むその姿に、自分の胸が妙にざわついているのが伝わってくる。神子という肩書きを背負うにはあまりにも弱いこの男。それは力の問題ではなく、精神的な面にしても言えることである。弱く小さな生き物。だがそれで構わない。このままずっと私に怯えながら、惨めに縋り続ければいい。あいつ等のことなど今までの人間たちと同じように利用だけしていればいい。私だけを見ていればいいのだ。

「愛している」

ぽつりと零したその音に赤が大きく揺れて、ゆっくりと顔を上げた。何を言っているのか分からないそう言いたげな表情をしながら大きく見開いた二つの瞳にしっかりと私を映す。確かに私を見ているのだ。今まで見たことのない、向けられたことのない眼差し。こんなたった一言で、お前はこんなにも違う面を見せるのか。視線を合わせるようにしゃがみ込み、もう一度それを口にする。こいつが私の言動にどう思おうが知ったことではない、関係ないのだ。(ただ、私のそばに)

「お、俺さまは、もう、」

聞きたくない。否定の言葉は聞き飽きた。もうたくさんだ。どうせお前が自分から私を受け入れることなどないのだから、受け入れさせるしかない。それさえも拒むというのなら、どうすればいいのだろうな。徐に手を伸ばし肩を掴むと、そのまま体を抱き寄せて腕の中に閉じ込める。小刻みに震えているのは恐怖ゆえか。少なくても喜びではないだろう。それでも良い。裏切り者のお前の居場所はここにしかないのだから、その時までこのままで私の腕の中で弱いものらしく小さくなっていれば良い。そうすれば私が全てから守ってやろう。あいつ等にも渡しはしない。自分勝手で、偽善に満ちていて、ああ、まるで人間のようだな。

(……きっとこいつはあいつ等を選ぶだろう。どれだけ私が強く支配しようと、変わらないこと)

私に敵意を露わにして、剣を突きつけて、あいつ等の横に並んで、それはなんて嫌な光景なのだろう。けれどそれは近い内に起きるだろう絶対的な未来。そうなったとき私はこいつを殺するのだろうか。それもまた安易に想像できる図だ。愛していると言ったこの口で、こうして抱き締めた腕で、この温もりを私は消す。そうならければいいのになんて不毛なことを、今更になって思うのだ。


thanks! wizzy



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