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その日はとにかく暇だった。いつもならそれなりのペースで魔物退治やら薬草の採取やら幅広いジャンルの依頼が入ってくるというのに今日はその半分以下のペースでしか依頼がこない。別に労働意欲が高いわけでもないのでそれはそれで良いのだが、問題はその数少ない任務の大半が女の子たちに渡り残っている子も料理当番やら洗濯やらで俺さまの相手をしてくれないということだ。「はあ」と、ロビーの椅子にだらりと腰掛け溜息を吐けば隣から「そんなに暇なのなら私と修業にでも行くか」と冷静な声がして、ちらりとそちらに視線を向ければ鋭い瞳と目が合った。にこりともしないその表情から無愛想だと思われるのだろうけれど、俺さまはこの甘すぎない瞳が好き。媚びず、ありのままを映すそれに安心するのだ。

「げ。そんな暑苦しいこと自分からするなんて俺さま絶対ごめんだぜ」

パスパスと左手をひらひらと左右すれば、後ろから「じゃあ俺と手合わせするのはどうだ」と思わぬ発言が飛び込んできた。誰だと思い振り向いてその人物を視界に映せば、俺さまの表情は見る見る内に曇っていく。黒を基調とした服装に真っ黒な髪、そして瞳を持つ外見も内面も怪しい男ユーリ・ローウェルだ。何を考えているのか分からず謎が多い男であり、イマイチ信用ならない。けれどクラトスはそんな俺さまの警戒を他所にあっさり「良いだろう」と了承の返事をする。「あんたとなんて良い経験になりそうだ」「お前の強さは計り知れないものがある、楽しませてもらおう」目の前で繰り広げられるその予想外の盛り上がりに落ち着いてなんていられず、思わず立ち上がって「俺さまも行くだけ行く」と二人の間に割って入った。修行なんてする気は更々ないけれど、クラトスがこんな胡散臭い奴と二人になるなんて見送れるはずがない。

そんな遠くに行く必要はないだろうと近場の森に移動し剣を抜くクラトスとユーリ。そして二人の間にある木に座り込みその光景を眺める俺さま。ただの手合わせだよな、と思ってしまうほどの静かな熱気を漂わせている二人に早速付いてきたことを後悔しそうになった。そのあまりに真剣な空気に耐えられなくなり「おいおい、修行なんだからもうちょっとのんびりいこうぜ」と声に出すもどちらからも返事はない。うわ何この状況帰りたい。そう思ったとき、不敵な笑みを浮かべたユーリが口を開いた。

「なあゼロス、お前はどっちが勝つと思う」

その突然の問いに戸惑う。どちらが?そんなこと分かる筈がない。二人ともメンバーの中でも群を引いて戦闘能力に長けておりその実力は未知数だ。悔しいけれど俺さまだってガチで戦って勝てるか怪しい。そんな二人のどちらが強いかなんて答えれる訳がないのだ。だからその問いに勝つか、ではなく勝ってほしいか、で答えることにした。これなら返事は考えずとも決まっている。

「俺さまクラトスに一票〜。ユーリが勝つなんて気にくわないからな」

「おいおい、随分と私情の入った理由だな」

「それも立派な理由だろう。それに、どちらが勝つかはやってみれば分かることだ」

予想外に口を出してきたクラトスに驚いたのは俺さまよりもユーリの方だったらしく「へえ、よほど嬉しかったんだな」と意味ありげな笑みを浮かべる。嬉しいって何が。そう聞く間もなくクラトスの「お喋りはここまでだ」と言う声を合図に修行と言う度を超しそうなほどに緊張した空気の手合わせが始まった。大技小技を絶妙に組み合わせた攻撃に隙を狙うようにして放たれる魔術。一方でユーリもその猛攻に怯むことなく持ち前の身軽さと独特な戦い方を生かしてクラトスに応戦している。一歩も譲らない二人の戦いは段々ヒートアップし、技や術を叫ぶ声や剣同士がぶつかる音だけが森中に響く。

それにしても二人とも妙に気合が入っている様に見えるのは気のせいだろうか。クラトスは普段よりも表情が厳しく見えるし、ユーリもいつもの不敵な笑みを浮かべず真剣な顔をしている。そろそろ止めるべきなのかもしれないと二人のその様子を見て思った。もう十分修業になっただろうと口を開こうとしたとき、背後に嫌な気配を感じて振り向けば今にもこちらに飛び掛かってきそうなウルフの群れが視界に映った。二人もそれに気付いたらしく、手合わせを止めウルフの方へ剣を向ける。「勝負はお預けだな」と言うユーリの言葉にクラトスは「再戦ならいつでも受けて立つが」とらしくもない返事をする。なんでここまで本気になっているのか気になるが、まずは群れを片づけることが先だと向かっていく。…のは良かったのだが、敵を全滅させた頃には三人揃って深く溜息を吐く破目になった。まあ当然といえば当然だろう。クラトスとユーリにしてみれば、もともと手合わせで体力も気力もかなりすり減っていた中でのウルフ数十匹を相手にした戦い。疲労しないはずがないし、そんな二人の代わりに俺さまも動きまくらなければならなかったのだから。

はあ、と軽く息を吐いて二人の様子を見れば、ユーリは地面に座り込みクラトスも木に凭れ掛かっており、どちらも参った表情をしている。切り傷が何カ所もついていたり薄く血が滲んでいたり、手合わせか戦闘かどちらで負ったのか分かったものじゃない。分かるのはこの二人が結構なダメージを受けているということだろう。しょうがないとクラトスに近付き手を翳し、ヒールと唱える。その瞬間柔らかな光がクラトスの体を包み込み痛みを和らげていく。「らしくないぜ」そう言ってやれば珍しく素直に謝罪の言葉を述べ「感謝する」と俺さまの頭をくしゃりと撫でた。これは礼と言うよりも、よくできました、をされている気分になって納得いかないけれど、この大きく頼もしい手に触れられるのは嫌いじゃない。クラトスの傷が大体治っていることを確認して、ちらりと斜め後ろに視線を向ける。流石にいつもの余裕は保てないらしく眉間に皺を寄せている。別に自分でグミの一つや二つ持っているだろうし俺さまがわざわざ回復しなくたって良いだろう。そう思ってはいても足はじわじわと歩を進め、座り込むそいつの前に立っていた。ユーリ・ローウェル。やっぱりムカつくし気に食わない、今日改めてそう思った相手。でも。「ファーストエイド」右腕に一直線に入っている深めの傷に手を添えれば明るく温かい回復技が発動しユーリの傷を癒していく。他にも頬、左足と同じように技をかけて目に見える傷を治し「ついでだからな」と立ち上がる。「助かった、ありがとうな」そう言って微笑むそいつはいつもの嫌味っぽい笑い方ではなく、本当に感謝をしていることが伝わってくるもので。

「い、良いから帰るぞ馬鹿ユーリ!ほらクラトスも!」

そう言って二人の腕を引いて歩き出す。見るだけだとついてこればこっちが焦る様な手合わせをされて、結局は戦いに巻き込まれて、疲れて、汗掻いて、やっぱりついてくるんじゃなかった。そう思った、思っている。けれど心の中ではまあ偶にはこんな日があっても良いかもしれないなんて考えている自分がいる。クラトスに頭を撫でてもらえたし、いけ好かないユーリの貴重な表情を見ることだって出来た。中々の収穫だろう。まあ毎度毎度こんなに疲れるのは遠慮願いたいけれど。あ、そう言えば。

「…何でお前らただの手合わせにあんなに本気だったわけ?」

一番気になっていたことだ。振り返ってそう聞いた俺さまに二人は一度顔を見合わせて声を揃えて「秘密だ」と言う。その顔がやけに楽しそうなのが気に食わず俺さまは皆の元に帰るまで何度も何度も聞いたが結局教えてはもらえなかった。それに納得がいかなくて暫くの間暇さえあれば俺さまが二人を連れて手合わせをさせその秘密を探ろうとしたのは言うまでもない。

thanks! wizzy



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