tales | ナノ

ユーリ、と俺の名前を呼ぶあいつの声は麻薬みたいなものだろう。神経を全部麻痺させて、思考回路を滅茶苦茶にして、自分の二つの瞳は赤に身を包みながら青で全てを見据えるあいつしか映らなくしていく。名前を呼ばれる度に自分自身がじわじわと侵食されていくのが手に取るように分かると言うのにそれから逃れようとしないのはきっともう手遅れだからなのかもしれない。逃れられない、逃されたくもない。薄らと微笑むあいつを心底綺麗だと思う。瞳も、唇も、それから発せられる心地良い声も、燃える様な赤髪一本でさえも自分だけのものとしたいとも思う。これほどまでに何かを欲した事は無いしきっとこの先もないだろう。好きとは違う、依存に近い感情。目の前で俺に向かって手を広げるこいつはそれを全て分かっているのだ、自分がどうすれば俺が喜ぶのか、悲しむのか、驚くのか、苦しむのか、全部、把握し切っているのだ。もちろん俺の気持ちなんてとうの昔に気付いているのだろう。その上でこいつは俺に決定的な言葉を与えはしない。なんて酷い男なのだろうか、こんなにも醜悪な心の奴を、どうして俺は想うようになってしまったのだろう。依存性の高い麻薬。気持ちの良い幻覚を求めればまるで正反対に遠ざかっていき、耐えて耐えて手を伸ばすのを我慢すればふらりと目の前に現れて今の様に自ら手を伸ばしてくるのだ。ぎゅうと俺の服を握る手。布越しには男の体温も何も伝わってはこない、それが妙にむず痒いのは俺がこいつに触れる事に一種の背徳感の様なものを抱いているからかもしれない。無防備に喉元を曝け出しておきながら、それに触れられるかどうかはこいつ次第。ゆっくりと寄ってくれば許しの合図、にっこりと微笑めばお預けの意味。こうやって理解出来てしまう辺り俺は相当きているのだろうか。誰かに何かを決められるのは好きではない、けれど、こう言うのは悪くないと思うのだ。きっとそれは相手がこの男だからだろうけれど。

なあ、俺が遠慮無しに本気で力を出せばお前を組み敷いて行為を無理強いさせる事だって出来ると知っているか?いや、きっとそれも知っているんだろうな。それすらも、自分に不利なその事実もお前にとってみれば何も怖くないのだろう?だって俺が決してそれをしようとしない事すらも、知っているから。別に無理矢理するのが嫌いな訳ではない、こいつの泣き顔だって怖がる顔だって堪らなく欲しいから(残念な事に俺はまだそれらの表情を見た事がないけれど)。でも俺はこうやって遊びの様に振る舞うこいつにこそ一番欲情するのだ。一途に大切に、甘い言葉を掛け合うだけの関係も悪くは無い、けれど、それじゃあツマラナイだろう?いつ手を離されてもおかしくない、吊り橋の上を歩いている様な今の関係を俺は自分で思っている以上に気に入っているのかもしれない。スローモーションの様にわざと時間を掛けて俺の頬を包む手を振り払うこと無くじっとしていれば、満足気に唇が弧を描いて紅をしている訳でもないのに桃色のそれが俺の唇と重なり水音と共に小さな舌が侵入してくる。自分からしている癖に必死な様子が堪らない、そう、こいつは決して手慣れている訳ではないのだ。女相手ならそれなりの数を相手にしてきているだろうけれど生憎と俺は男だ、こいつが俺の事を知っている様に俺だってこの男の事は分かっている。こうやって俺を遊ぶようにふらふらとするのも自分からキスをしてくるのも全部自分を保っている為。主導権を俺に取られない様に必死になっているだけなのだ。年下の男に良い様にされるのはきっとこいつにとって屈辱だろうからな。ましてや俺に、だなんて。だから本気で相手をしようとなんてしない、自分が俺に溺れるなんてそんな事絶対に耐えられないから。こうして俺で遊んで、自分の気持ち事全部全部遊びなのだと言い聞かせて、嗚呼それはなんと愚かで健気なのだろうか。落ちてしまえば良いのに、この口で俺への愛を囁けば良いのに、なんて。

「ユーリは俺さまのこと、好き?」

「ああ、好きだぜ。お前もだろう?」

「もっちろん。俺さまは、誰よりも美しくて強い俺さまが、だーい好き」

にっこりと笑って、とんと体が後ろに下がった。嗚呼そうか、今日はそっちなのか。それにしても随分と酷い事を言ってくれる。俺はお前が好きだと言ったのに、お前は自分が大好きだって?それはそれは、俺のプライドがズタズタだ。けれど愉快で堪らないのは俺もかなりこの状況に満足しているからなのだろうか。甘さの欠片もない会話のキャッチボール、これ以上無い程の幼稚な言葉遊び。近過ぎたらこいつがもたない、遠過ぎたら俺がもたない、だから敢えて言葉で壁を作った最善の距離。不器用な恋しか出来ない俺たちにとってこれが一番の関係と言えるだろう。こいつが俺の欲しいものをくれないのもこの壁を保つため。言ってしまえば、きっとこのままではいられない。だから俺の気持ちを分かっていながら素振りを見せながらもあしらい続ける。でもだからこそ俺はそろそろこの壁を壊してやろうかとも思っているのだ。バランスが崩れて悪い方向に転げるかもしれない、けれどそれで終わらせなんてしないからこの壁を取り払ってみたい。本当のこいつと接したい。上塗りした言葉では無くて、素の言葉を聞きたいのだ。こいつはそんな俺の気持ちを知っている、だから知らない振りをし続けている。怖いから、最善の関係を無くしたくないから。でも残念ながらこれはもう決定事項。それがいつになるのかは分からないけれど、きっといつかこの笑みを剥いでやろうと思う。男がそっと左手の人差し指を自分の唇に当てて妖艶とも言える濡れた瞳で俺を見抜く。そしてそっと唇が言葉を紡ぐ。「俺さまが欲しいの?」と。嗚呼、もう本当にこいつには敵いそうにない。そうだよ、俺はお前が欲しくて堪らない。親にオモチャを強請る子供の様に、お前が欲しくて、欲しくて、駄々を捏ねたくなるくらいだ。「強請れば、くれるのか?」と手を差し出せばぱちぱちと瞬きをし、笑みを深くしてまるで聖母の様な表情で優しい声音を響かせた。

「俺さまユーリのことだーい嫌い、だから、無理」

(はは、嗚呼本当に憎たらしい奴だな。でもそれ以上に愛おしくてしょうがない。欲しい、欲しいんだ、早くこんな壁ぶち破ってこんなクダラナイ距離感飛び越えてやりたいよ。なあ、いつになったらお前は俺に好きをくれるんだ?俺はお前が欲しくて狂ってしまいそうなんだよ。ゼロス、ゼロス、好きなんだ、愛してる、早くお前を、頂戴)


thanks! h a z y



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