tales | ナノ


食事をしに食堂へ行ったとき、任務のパートナーを探していたとき、暇な時間を潰そうとしていたとき、他の小さな瞬間にそれは不意に訪れるのだ。その度に俺の心は柄にもなくしょぼくれて寂しさとか空しさとか、そう言うものを覚える。別におかしなことじゃない、寧ろ自然なこと。なのにどうしても受け流すことができない。いつから自分はこんな人間になってしまったのだろう。いや、きっとこれは限定的なもの。

「どうしたんだそんな顔して」

廊下でばったり出会った途端そう言ってきたそいつに何故かいつもの軽口で返すことができず、下手くそな作り笑いをして逃げるようにその場を立ち去った。ああきっと不自然だと思われただろう。あいつは一般的なことに関しては馬鹿だけれどこう言う場面においては恐ろしいほど直感が働く。きっと今の俺を見て何か感じ取ったに違いない。対応を完璧に間違えた。いつもならこんなへま絶対にしないというのに。でも、それくらい自分に限界が来ているということなのだろう。少し気になる程度じゃない、もう完全に意識しまっている。

ロイド、あいつの周りには常に誰かがいて楽しげで温かい。それこそ俺の入る場所なんてないのではと思わせるほどに。

自分がふと瞬間にロイドを遠くから見止めたとき、絶対傍に誰かがいるのだ。今だってそう。廊下で会ったあいつの横にはルークとスパーダがいた。二人もロイドも楽しそうで、賑やかで、またぽつりと心に穴が開いたような気分になる。分かっている。嫉妬、独占欲、ああ全く柄にもない。本当に子供染みた想いだ。

無意識に辿り着いたのは備品やらなんやらを保管している滅多に人の来ない薄暗い部屋。でも今の俺には丁度良い場所だと中へ入り万が一誰か来たとしても気付かれないだろう一番部屋の奥にしゃがみ込む。惨めだ。こんなことをしていてもこんなところにいても何にも変わりはしないというのに。きっとロイドだって今頃また大勢の人に囲まれて笑っているだろう。そう考えるとまた空しい気持ちになって、埃だらけの壁に凭れ掛かって目を瞑った。「ロイド、悪い」届くはずもない謝罪は一瞬のうちに消えていく。ああもう、こんなどうしようもない俺も、消えてしまえばいいのに。

チチッ。

「しーっ」

脳内にぼんやりと響くネズミの声とそれを戒める声。誰かいるのか。誰か?はっと目を開けて横を見れば見慣れた鷹色が目に飛び込んできた。何で。そう聞きたいのに心がついていけず声が出ない。「ほら、お前のせいでゼロスが起きちまったじゃねえか」ネズミに向かってそう言って俺に「ごめんな」と謝るロイドはこちらが気まずいほどにいつも通りの態度で。廊下でのこと、気にしていないのか。そう聞くことすらできない。

「…で、お前、最近どうしたんだ?」

急に声のトーンが変わったと思えば先程までとはまるで違う真剣な視線を向けられた。びくりと体が震える。やはり俺の態度に気付いてなかったわけではないらしい。今日以外の日のことも知られていたのは予想外だったけれど。でもどうしたと言われても何も答えることができない。お前が他の奴といるのを見ると心がもやもやする?そんなこと言えるわけがないだろう。

「別にどうもしてないけど」

声は、震えていないだろうか。もうこれ以上見っとも無い姿は見せられない。何か言いたそうに口を開いたロイドの言葉を遮るように「ハニーはこんなところに何をしに?もしかしてハニーも昼寝?ここ、静かで昼寝に最適なんだよな」尤もらしいことを言って話題をすり替えれば、咋にロイドは不満そうな、否、怒った顔をした。しまった、対応を間違えたかもしれない。そう気付いたときにはもう遅く、ドン、と顔の横にロイドが手をついて膝立ちになり俺を見下ろす。こんなにも不機嫌全開のこいつを見たのはもしかしたら初めてかもしれない。でも、それでも言うわけにはいかないのだ。伝えてしまえばきっとロイドは俺に気を使うようになるだろう。傍にいやすくはなるかもしれない、けれどそんなことでいれたってきっと空しさが増すだけで今の状況と何ら変わりはしない。要は俺の意識の問題に過ぎないのだ。ロイドに何かを求めるなんて間違っている。だから言うわけにはいかない。言うべきことではない。そうだろう?

「なあ、ゼロス、知っているか?」

そう問いかけてきたロイドの顔は酷く悲しげで心がずきりと痛む。どうしてお前がそんな顔をするんだよ。「ロイド」思わずそう名前を呼べば、無遠慮な強い力で抱き締められた。

「お前、最近俺を見ると泣きそうな顔をするんだ。すごく辛そうに顔を歪めて、話しかけようとしても直ぐに逃げてしまう。なあ、教えてくれ。俺お前に何かしてしまったのか?」

俺がもしお前を傷つけるようなことをしていたなら謝る。だから、お願いだから、そんな悲しそうな顔をしないでくれよ。今だってお前一人で泣いていたんだろう?目が少し充血しているし頬に涙の跡だって残っている。これも俺のせいなのか?俺が、お前を苦しめているのか?ゼロス、俺はお前が好きだ。大切なんだ。だから、一人で抱え込まないでくれ。
溢れ出す言葉を全て受け止めることができずに温かい背中に手を回しぎゅっと服を掴む。ロイドがそんなことを思っていたなんて知らなかった。知ろうとしていなかった?だって、こいつにはいつも誰かがいる。俺がどうなっていたって、そんなこと些細なことだと思っていた。それでも良かった。それくらいこいつにとって俺が微々たる存在ならきっと俺の不審にも気付かずに普通の日々を送ることができるから。けれどそうではなかった。こいつは俺のためなんかに傷ついて苦しんで悲しんでくれていた。これは、喜ぶべきこと?

「何でもない、お前は何もしてないよ」全部俺が一人で思っていただけだから。ロイドの肩に額を押し付けて顔を見られないようにしてそう言った。お前が好き。ロイドの口から紡がれたその言葉を聞いただけでつい先程まであんなにもぐちゃぐちゃだった心の絡まりがゆっくりと解けていく。「ロイドにはいつだって誰かがいる。寂しくなんてないだろ?」あえて答えにくい問い掛けをすれば、ロイドは「はあ」と溜め息をついて「そんなことで悩んでいたのか」と呆れた様な口調で言った。自分の悩みをそんなことの一言で片付けられて思わず顔を上げて「そんなことって何だよ、俺は真剣に、」とらしくもなくむきになる。けれどロイドはそんな俺の言葉を制するように笑う。

「確かにみんなといるのは楽しいよ。でも、俺はゼロスがいないとやっぱり寂しい。お前が傍にいなかったら無意識に目で探してしまうし、逆にお前が傍にいたらそれだけですっげえ嬉しいんだ。もっとちゃんと伝えるべきだったよな、不安にさせてごめん」

今だってこんな暗くて埃っぽいところにいるのにゼロスがいてくれるから俺はすごく楽しいし、ここがどこよりも温かい場所に思える。お前がいなくても寂しくないなんてこと、絶対に有り得ない。俺はいつだってお前が傍にいることを望んでいるし、俺もお前の傍にいたいと思っている。これは俺の我が儘だけどな。でも、好きな奴にずっと傍にいてほしいって願うのは当たり前のことだろう?

「ロイ、ド」

いつのまにか俺を抱き締める力は優しく温かいものになっていて、ロイドの服を手で掴んでいたはずがしっかりと腕を回していて。ああまるで、互いが互いに依存しているかのようだ。とても歪んだものに思えるかもしれないけれど、それはとても幸せな拘束なのだ。きっと何度離れようとしたって、ロイドは俺の心配は杞憂なのだとこうしてまた抱き締めてくれるだろう。でももう俺はこいつの傍から退こうとは思わない。だって、やっぱりこいつの傍にいるとこんなにも幸せなのだから。(触れて、伝えて)

thanks! wizzy



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