tales | ナノ

どっぷりと日が暮れ星も輝きだした頃、ザーフィアス城での仕事を終えた俺さまが貴族街にある自宅に向かっていたとき、貴族街の入り口に立つ人影を見つけた。控えめな街灯が照らしているその姿に俺さまは思わず「え、」と声を漏らす。暗闇に立てば紛れてしまいそうな服装に真珠の様な瞳、風に靡く黒い髪、不敵に微笑みながら壁に凭れかかるそいつは間違いなくユーリ・ローウェルである。

「よ、久しぶりだな。遅くまでお勤めお疲れさん」

そう軽く挨拶をしてきたかと思えばユーリは俺さまの右腕を掴み「じゃあ時間も惜しいし急ぐとしますか」とズンズン下町の方へと歩を進めていく。全く状況についていけずどこに行くのだの俺さま疲れているだの声を荒げるもユーリはそれらを全部笑い流し「行けば分かる」と口にするばかり。もやもやとしたまま辿り着いたのは長らく足を運べていなかった下町。ここに来るのはいつぶりかと考えていると、あちこちから「よう兄ちゃん」やら「相変わらず二人は仲良しね」と言った声が聞こえてきて気恥ずかしくなり(けれど本当はこの馴れ馴れしさが心地良くて安心出来るのだけれど)少し顔を伏せがちにしていると見慣れた建物が視界に入ってきた。こつんかつんとゆっくり階段を上がり、直ぐ近くの扉をユーリが開ける。暫く来ていなかったけれど相変わらずそこは少し暗くて、狭くて、埃っぽい。けれど俺さまがザーフィアスの中で一番好きな場所。留守番をしていたらしいラピードの頭を撫でて挨拶をし、窓際に凭れかかり外を見る。先程までとなんら変わらない夜空が何故かとても美しく愛おしく感じるなんて、俺さまも重症なのかもしれない。

「無理矢理連れてきて悪かったな」

後ろからそう話し掛けられて「思ってない癖に良く言うぜ」と笑ってやれば「おいおい、俺はそこまで勝手な奴じゃねえよ」と反論された。いつも好き勝手やっている奴が何言っているのだか。あの真面目くんが聞いたらきっと怒鳴られるぜ。君の所為で僕がどれだけ振り回されていると思っているんだ!ってな。
まあ確かにそれなりの疲労を抱えている中で何の事情も把握出来ないまま連れてこられたことについては腑に落ちないけれど、俺さまはそこまで真面目な訳でもないしそもそも今の状況だけについて考えるのならば決して嫌な気分ではない。だからユーリに言ってやるのだ、謝罪なんていらない、と。けれど連れてこられた理由が気にならない訳でもなくて。

「俺さまに何か用があったんじゃねえの」

率直にそう聞くと二人分のココアを作りカップをかきまぜていたユーリの手が止まり「聞きたいか」と逆に問うてきた。「本当に性格良いなお前」皮肉たっぷりにそう言ってやれば、全く気にした様子も無く「そりゃどうも」なんてまた一つ嫌味な返事。久しぶりに会ったと言うのにどうしてこの男はもう少し可愛げのある態度が取れないのだろう。一歳とは言え年下なのだから、それなりの素直さを見せれば甘やかしてやらなくもないと言うのに。

いつの間にか部屋に居たラピードはいなくなっており、薄暗い空間に二人きり。ああ何と言うか、らしくなく緊張している自分がいる。落ち着かない。そわそわとする俺さまの心を見透かしている様にユーリは笑い「ほら」とカップを渡してきたので軽く礼を言ってそれを受け取り壁に寄りかかりながら一口飲む。俺さまの好きな甘さを熟知しているココアがじわりと体を温め、心を落ち着かせていく。

「深い理由なんてない、お前を少しでも独り占めしたいと思った」

突然の言葉に飲んでいたココアを吹き出しそうになりどうにかそれを抑え込む。こいつは何を急に歯の浮く様な台詞を言い出すのだろう。柄じゃ無いにも程がある。「暫く会わない内に随分乙女になったんじゃねえの」そう茶化せばユーリは苦笑して「そうかもな」と肯定した。は、何言ってんの。そこは否定するところでしょうよ、ノリにしては表情がマジ過ぎるっつーの。

ユーリは困惑する俺さまの手からカップを取り机の上に置き、ゆっくりと顔を近付けてくる。その予想外の行動に驚き後退りするも元から壁により掛かっていたのだからそれ以上後ろに下がれるはずもなく。待て、久々にあったんだからゆっくり話に花を咲かせるのも悪くないんじゃないの寧ろ俺さまそれが良いと思う。そんな声にならない脳内の訴えは何の意味もなく、息の掛かるほど近くなったユーリとの距離に目を瞑るしかできなくて。ああもうやばい。そう思ったときに感じた、ちゅ、と、柔らかい唇が軽く頬に触れる感触。口にされるとばかり思っていたので、ユーリその行動に面食らってしまう。「ほっぺちゅーにそんな赤くなるなんて、ゼロスの方こそ乙女だと思うがな」にやりと嫌らしい笑み。ふん、こんな乙女がいてたまるか。乙女とはエステルちゃんの様な存在を言うのであって、間違っても俺さまみたいな超格好良い男やユーリみたいな野郎に使う言葉じゃないっての。

「ユーリ〜、ゼロス〜」

そうそうこんな風に可愛らしい声のエステルちゃんにこそ乙女と言う言葉が相応しい…んん?何で外からエステルちゃんの声が聞こえてくるんだ。それに耳を澄ませてよく聞いてみると何人もの聞き覚えのある声がする。まさかと思いユーリに話しかけようとすれば、扉の外側からラピードの鳴き声がした。それを聞いたユーリは「みんな揃ったみたいだな」と言い、ここに連れてきたときの様に俺さまの腕を引く。

「今日のために皆忙しい中来てくれた。エステルは中々ここに来る許可が下りなかったらしいけど、そこをフレンが自ら護衛役を申し出て絶対に危ない目に遭わせないからって上に頼み込んだらしい。あのフレンがだぜ?」

ユーリの話によると、久しぶりに皆に会いたいと言うエステルちゃんの言葉からリタちゃんやカロルが本格的に日程を組み今日なら皆が揃うのでどんちゃん騒ぎのし易い下町に集合ということになったらしい。ちなみにこのことを知らなかったのは俺さまだけと言うことだ。他の皆も多忙の身ながらこうして来てくれたのだから何が何でも俺さまを連れてこないと面目が立たなかったとユーリは言うが、それなら事前に俺さまにも教えてくれればそんな心配もいらないしこうして迎えに来なくてもちゃんと来たのにと思った。が、そこで先程のユーリの言葉を思い出す。お前を少しでも独り占めしたいと思った、もしかしてあれはこのことを指していたのか。皆と合流してからではきっと二人きりにはなれないから、その前に。

「人気者のゼロスくんは今夜きっと、俺を相手にする暇なんてないくらい引っ張りだこになるんだろうなーあーあ寂しい」

そのわざとらしい言葉に、今の自分の想像が当たっていたことを知りどう反応したらいいのか分からなくなる。外から聞こえてくる仲間たちの声に早く会いたいと言う思いを持つのに、まだもう少しだけこいつと二人でいたいなんてどうしようもない想いを抱いてしまう。

「好きだぜ、ゼロス」

扉を開ける寸前に伝えられた率直な告白が胸に染み、返事の代わりにその背中へ顔を埋める。好きと言われたのは初めてじゃない。けれど今こんなにも体が火照って泣いてしまいそうなのはきっと、お前をどこよりも感じることの出来るこの場所で、俺のことを想ってくれているから。また乙女みたいだと言われてしまうかもしれないな。そんなことを思いながら「誰といたって、お前が一番に決まっている」と呟く俺に、ユーリは「同感だ」と笑い掴んでいた腕を離し今度は手を握ってきた。「今日は楽しもうな」その言葉に大きく頷いて、強く、離れない様しっかりと手を握り返すのだ。

thanks! wizzy



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -