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たぶんこれはきっと、普段は規則正しく動いている歯車が少しずつ狂った結果なのだろう。快晴と予報されていた天気が大きく外れ雪となったのも、今日の任務がこの辺りで一際高い山での薬草摘みであったのも、その任務のメンバーが俺ユーリ・ローウェルとゼロス・ワイルダーの二人だったということも、全て、歯車が狂った結果。別に俺にしてみれば雪が降ろうと任務地が山だろうとメンバーがゼロスだけだろうと問題ない。けれどこいつにしてみれば問題だらけらしい。その証拠にすっかり雪景色の広がる山を辺りに目をやることなくやたらと早足で進み、俺が話しかけても決して視線を合わせることなく口調もいつもの軽い感じに聞こえるがどこか落ち着かなさそうな様子だ。

その原因はきっと視界を支配するこの雪なのだろう。何があったのかは知らないがこれを映すあいつの瞳には畏怖さえ感じられる。何故そこまで怖がる、怯える、悲しむ?俺にはこいつが何を思っているのか分からない、けれど、生半可な気持ちで聞いて良いほど目の前の赤が背負っているものは軽くないということは分かる。だからこそそう簡単に首を突っ込むなんて出来ないのだ。

「あー寒い。薬草が雪に埋もれてなきゃ良いけどな」

「ユーリ君がもっときびきび歩いたら直ぐに見つかるんじゃねーの」

そう言って目的地へと急ぐ姿は普段の任務に対する姿勢とはまるで違う様に感じる。それもきっと雪の所為なのだろう。「目的地到着。さっさと見つけよーぜ」と雪を掻き分けながら薬草を探し始めたゼロス。いつもそれくらい真面目にしていれば女性陣の方から寄って来そうだけどなと考えながらゼロスに背を向ける形で薬草を探す。けれど悪いことに先程自分が話した薬草が雪に埋もれていると言うことが現実となってしまい足元を見ても見事に雪しか映らない状況。これは長引きそうだと思いながらちらりとゼロスの方へ視線を向ける。表情は良く見えないが固く結ばれた唇から相当何かを我慢しているのが伝わってきた。

そのとき、俺の視界にきらりと光る何かが映る。俺たちがいる場所から少し離れた高い岩場で光るそれは真っ直ぐとこちらを向いており、俺が何か見定めるよりも少し早くそれは放たれこちらへ、正確にはゼロスの方へ飛んできた。弓か。そう気付いた時には完全に避け切れる距離では無くてほとんど無意識にゼロスの腕を自分の方へ引き抱き締めるような形を取っていた。ドン、と、背中に感じる痛み。唯の弓、どこかでそう油断していたのかもしれない。じわじわと広がっていく痛みと何とも言い難い気持ちの悪さ。ただ傷が痛むだけではこんな風にはならない。きっと矢先に毒でも塗ってあったのだろう。霞む視界の中でゼロスが必死に俺の名前を呼んでいるのが分かった。その表情は先程までよりももっと険しいものになっており透き通った瞳には涙が溜まっている。そんな顔、させたくなかったのに。ゴポリと口から血が出てゼロスを抱き締めたまま雪の上へ倒れ込む。ゼロスが酷く顔を歪め俺の血を頬に付けているのが目に入り、心底嫌だと思った。

ゼロスはゆっくりと起きあがると毒によって体が痺れ上手く動けない俺の背中に右腕を回し、左手で剣を構えて未だ岩場にいるのであろう敵に向かって詠唱を始める。小さく聞こえた「ライトニング」と言う声から数秒後、雷の落ちる音と共に微かな悲鳴が聞こえた。多分魔法が的中したのだろう。ゼロスは剣を鞘に戻すとパナシーアボトルを取り出し俺の口にゆっくりと流し込む。少しずつ体の痺れが取れていく感覚に安堵を覚えながらも、一向に言葉を発しようとしないゼロスに不安になる。一応庇ったつもりだったけれども、もしかしてどこか痛むのだろうか。そう思って何とか動く様になった右手をゼロスの頬に当てれば、はっと我に返ったように「悪い」とそれだけ言って、パナシーアボトルを地面に置きファーストエイドをかけ始める。何も謝る事などないと言うのに。

「ゼロス…お前、が、」

まだ完全に毒が消えていないのか上手く言葉を発することができない。伝えないといけないのに。俺はお前が無事ならそれで良い、傷なんて直ぐに治るからそれ以上辛そうな表情をするな、と。思い通りにならない自分の体に苛立ちぐっと手で拳を作れば、ゼロスは何かに気付いた様に瞳を見開きまた悲しげな顔をした。

「…俺なんて、生まれてこなければよかったな。そうすればお前がこんな怪我負う事無かったのに」

場違いにも綺麗だと思ってしまいそうな笑みを浮かべてゼロスは自分に諭すかのように落ち着いた声でそう言った。何でそんな、達観した表情をするんだ。まるで全て分かっているかのように話すんだよ。お前が生まれてこなければよかった?そんな筈ないだろう!普通そんな事を思っている奴の為を真正面から攻撃を受けてまで守ろうとしない。少し考えてみれば分かる事だ。

ゼロスの頬を撫でていた手を離してそのまま首に腕を回す。俺の急な行動にゼロスの体は自然と前のめりになったが、そうなる前に俺がもう片方の腕も首に回したので今度は後ろへ倒れそうになった。咄嗟にゼロスが手を自分の後ろにやり体を支えたので倒れる事はなかったが、その顔は驚きを隠せずにいる。まさか俺がこんな事をしてくるなんて思ってもみなかったのだろう。こいつは俺の気持ちを掠りも知らないだろうから、余計に。けれど俺はもう限界なのだ。これ以上唯の仲間としてだけの想いで接するなんて出来ない。こんなにも取り乱した姿を見せられて、いつもと同じ態度を取れと言う方が酷な話だと思う。

「なあゼロス、お前は、そう思っているのか。自分が生まれてこなければよかったと、そう、思っているのか」

「…そうだよ。俺がいなければ、母上も、妹も、お前も、俺に関わった多くの奴が傷付かずに済んだ。…全て、俺の所為だ」

「…馬鹿野郎。お前の為だから、だ、お前の所為、じゃない。お前が好きだから、愛しているから、無事でいて欲しいから、笑っていて欲しいから、俺も他の奴も、それぞれの方法でお前を守ろうとするんだ」

過去に何があったのかは知らない。全て話せなんて事は言わない。言いたくないのなら何も言わなくたっていい。ただ、俺の言葉を信じて欲しいのだ。お前に関わって傷付いた?そんなこと誰だって同じではないか。自分以外の誰かと繋がると言うことは大なり小なり傷を伴うのが普通だろう。それが身体的なものなのか精神的なものなのかは分からないがそいつといて少しも傷付いたことが無いなんてそれこそ珍しいことだ。人間はそうしてお互いを知り付き合っていくものなのではないのか。そうでないとあまりにも寂しい。少なくても俺はそうやってお前のことを一歩一歩確実に知っていきたい。上辺だけの薄っぺらな関係なんて嫌だから。なあ、ゼロス。お前はそれを望んではくれないか。

完全に毒の抜けた体で思いっきりゼロスの体を抱き締める。雪で冷えた体を少しでも温めてやりたい。寒さなんて感じないように、寂しさを覚えないように、悲しみを生まないように。「温かい」と、小さな声が聞こえてくる。ならもっと、強く感じれば良い。忘れられないくらいこの温もりを知ってしまえば良い。そうすればお前はもう一人で泣くことも無いだろう?今の様に泣けば良い。俺に気付かれないように我慢しているつもりかもしれないが、しっかりと俺の肩にお前の涙が染み込んできているんだよ。言葉に濁した嗚咽だって、はっきりと俺の耳に届いている。だからもう隠す必要なんてない。

「…俺に、そう想われるのは迷惑か?」

「………分からない。でも、何でだろうな。こんな野郎相手なのに…悪い気分じゃない」

震えた声、俺の肩に押しつけられた額。でもそれが先程までの恐怖や悲しみからきているものではないことが何となく伝わってきて、俺はゆっくりと瞳を閉じた。愛していると、伝えれば良かったのかもしれない。けれど今はそれではあまりにも不格好だと思ったのだ。今伝えるべき言葉はそんなことじゃない。そう感じた。でも、ゼロスは気付いていないだろうが俺にしてみれば遠まわし過ぎる告白だったのだ。好きだから、愛しているから、お前に笑っていて欲しい。きっと伝わってはいないだろうけれど、でも今はこれで良いと思う。雪が溶けて春が来るように俺たちだって変わっていく。だから今は未だ、お前の傍で友として笑っていよう。そうして少しずつ、進んでいけばいいだろう?(そして叶うことなら、お前の幸せに俺がいることを願うよ)

thanks! wizzy





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