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おかえり、そう笑いかけてくれることが気恥ずかしくて、嬉しくて、幸せで。絶対に一発ぐらいは殴られる、いやそれどころか以前と同じような接し方をしてくれることすらないだろう、そう思いながら皆の元に戻った俺を待っていたのは平手の一発でも責める視線でもなく、温かく優しさに満ちた声。勿論がきんちょとしいな辺りから馬鹿だのアホだの散々言われたけれど、それにすら愛が込められているのを感じた。皆が俺のことをそれなりに想ってくれていた、それが分かったからこそ俺の「ただいま」と言う声も震えてしまったのだ。

「本当、敵わないねえ」

ぽつりと呟いたそれに「何がだよ?」と不思議そうに首を傾げながら尋ねてくる同室のロイド。「こっちの話」と適当に受け流して自分と向かいのベッドに腰掛けて荷物整理をする少年をじっと見つめる。俺の返事が不服だったのか、どっちの話だ、とでも言いたげな顔をしているのが見ていてとても面白い。もっと色んな表情を、行動を、言葉を、知りたい。今まで自分以外の、否、自分にさえも向き合ってこなかった俺にとってロイドの様な人種は珍しくて仕方が無いのだ。興味が尽きない。一緒に居て飽きない。こんな言い方をするときっとロイドは怒るだろう、自分を何だと思っているのだと。そう聞かれて俺は何と返すだろう。唯分かるのは、それは興味があるだけではないと言うこと。

自分の命を投げ出そうと生きてきた矛盾だらけの俺が、死の為の生を、初めて拒んだ。ここで死にたくない。まだ生きていたい。ゼロス・ワイルダーとして生きていたい。これだけでも俺にとっては十二分に驚くべきこと。けれどそれだけではなかった。俺が生きたいと望んだのは自分の為でなく、他人の為。得体も知らない異世界からやってきた男の為。ロイドが興味深くて見ていて飽きないから生きたいと思った?それもあるかもしれない、けれどそれだけではない。何故、どうして、俺はこんなにもこの赤に魅入られているのだろう。分からない。でもやっぱり分かるのは、この男はどんな意味でも特別だということ。

ゆっくりと俺はベッドから立ち上がり未だ荷物整理を続けるロイドへ近付きその足元に膝を立てた。俺の行動にロイドは驚きを隠そうともせず手に持っていた地図を白いシーツに投げ出して「な、何だよ」と思い切り動揺しながら俺のぐっと肩を掴んだ。これ以上近付くなと言う意味だろうか。真っ直ぐで、深い鷹色を俺だけをその瞳に映す。それに満足感を覚えてしまうなんて俺も相当だろう。

(…ふーん)

悪くない、と思った。人を下から見上げるなんて決して気分の良いものではないけれど、こんなにも近くでこんなにも良くロイドが見えるのなら偶には良いかもしれない。徐にロイドの腰へ腕を伸ばしぎゅっと体をくっつけてみれば、服を通して伝わってくる自分よりもずっと高い体温。生きている。こいつも、俺も、どちらも生きているから温かくて温かいことが分かる。こんな当たり前のことを教えてくれたのもこの男。小さなこと大きなこと、全部全部、教えてくれた。そんなロイドだから俺は自分を投げ出して守ろうとしたのかもしれない。俺を人間らしくしてくれた存在が消されるなんて嫌だったからかもしれない。けれどやっぱり、それだけではないのだ。

「何でだろうな、ハニー」

「だから何がだよ。さっきから一人で意味分かんねーことばっかり言って、変だぞお前」

変?そんなこと改まって言われなくても自分が一番分かっている。お前と出会ってから俺は変なの。らしくないの。可笑しいの。だからこれはお前の所為だぜロイド。お前が俺を狂わせてしまった。自制が効かなくて、我慢が出来なくて、求めてしまう。俺はこんな人間では無かったのにお前が変えてしまった。その所為で俺は、こんなにも。

不意に俺の頭に置かれた手。器用に何でもこなすその手が落ち着かないほど優しく頭を撫でてくるけれど振り払おうとは思わない。寧ろ、もっと、を望んでしまう。もっと俺に優しくして、もっと俺を見て、もっと俺を必要として、もっと、もっと俺を。

濃く真っ直ぐな濁りのない鷹色。子供らしさを残しながらも前を見据える瞳。その笑顔も声も、全てが綺麗だと思う。この世界にある何よりも、俺はこの男が綺麗だと感じるのだ。こんな子供にそんなことを思うなんて可笑しいと笑われてしまうだろうか。でもこいつの傍に居る奴等に聞けば大抵共感してくれると思う。綺麗と言うかは分からないけれど、それでもこいつの周りに居る奴はロイドと言う人間を何かしら惹かれるものがあると答えるだろう。

腰に回していた手をロイドの右膝に両手を重ねる様にして置きその上に頬を乗せる。離れろと言われないことが嬉しい。きっとあまりにも俺がらしくない行動をするから困っているだけなのだろうけれどそれでも拒まれないことが幸せで。俺はまた、こいつの優しさに甘えてしまう。ロイド、ロイド、俺の絶対の人。生きたいと願わせてくれた人。おかえりの場所を、くれた人。

「好きだ」

静かな部屋にぽつり落ちた言葉。閉じかけていた瞳を開いて右膝に乗せていた顔をゆっくりと上げて声を発した主である男を見上げる。先程までより、いくらか赤くなった頬。震えている唇。そしてもう一度紡がれる「好き」の音。ロイド、それは俺に言っているの。どう言う意味で言っているの。友愛、信愛、家族愛に似たもの?それとも、俺の都合の良い解釈をしても良いの。脳内で色々考えている内にするりとバンダナが外されて隠れていた額に唇を落とされた。びくりと震える体。でもそれは決して嫌だったからとかそう言うのではなくて、普段こんなことを絶対にしてこないロイドがしてくるなんてとただ単純に驚いたからだ。嫌なんかじゃ、ない。

「ゼロスがいなくなったとき、すごく怖かったし悲しかった。でもそれでやっと気付けたんだ。俺はお前のことが好きなんだって。だからお前が戻ってきてくれて、すごく嬉しい」

紡がれる言葉の一つ一つが体にじわりと染みていくようで、熱くて堪らない。どうしてこいつは望んでいるものを与えてくれるのだろう。俺は何もしてやることができないのに、唯、ここに戻ってくることしかできなかったのに。なあロイド、そんな半端者の俺を本当に好きだと言うの。愛してくれていると、言うのか。言葉を発することができない俺を見て穏やかに微笑み、俺の名前を愛おしそうに呼ぶロイド。いつの間にか瞳から溢れ出したそれを優しく拭う手。俺の頭に腕を回して自分の胸に顔を押し付けて、また俺の名前を呼んだ。ああなんて幸せなのだろう。幸せすぎて、溶けてしまいそうだ。

ああそうか、俺もロイドを愛しているんだ。ずっと胸につっかえていたこいつへの感情。興味本位というわけでも、見ていて楽しいというわけでもなく、俺はいつの間にかこの太陽の眩しさに焦がれて温かさを愛おしく感じるようになっていたのだ。でもこの想いが届く筈はないと心の奥深くに鍵を掛け、自分の想いを誤魔化してきた。これは違う。ただ珍しい人間だから面白いと思っただけ、ちょっとからかいの対象として見ているだけ。絶対に、そんな想いは抱いていない。気付いてしまったらまた苦しくなる。ロイドは綺麗だから汚してはいけない。本気で触れてはいけない。我ながら言っていることとやっていることが滅茶苦茶だと思う。こうしてもう、本当の感情を受け止めながら触れてしまっているではないか。でもロイドはそれを嫌がる事無く受け止めてくれている。きっとこれは、奇跡のようなことなんだ。ロイドに出会えてよかった。こいつを愛してよかった。生きることを望んでよかった。生まれてきて、よかった。

「俺もずっと、お前が好きだった。傍にいたくて、一緒に生きたくて、でもそう思う自分が怖くて、逃げてきた」

支離滅裂な言葉の羅列。子供の様に感情をひたすらにぶつける俺をロイドは強く抱きしめてくれる。こんなんじゃどちらが年上なのか分かったものではない。でも今だけは見逃して欲しい。今日だけは愛に溺れた唯の人間でいさせて欲しい。俺を抱き締める体温があまりにも心地良くて幸せで、瞳からぽろぽろと涙を零す。

そして伝えられる、今日何度目かのおかえりと、これからを誓う、愛しているの言葉。


thanks! wizzy




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