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多分、否、初めてだろう。自分が他者に対してこんなにも邪な感情を抱くのは。一見、男か女か判別に苦しみそうになる中性的な顔立ちのその男がふらりひらりと蝶の様に自由な足取りで歩を進めれば、ウェーブがかかった髪はその動きに合わせる様に左右にゆらゆらと揺れる。私の視界を支配する赤。先日街の花屋で見かけた美しい薔薇を連想させるそれに心がじわりと染みていく。今まで数え切れないほどの人間と接してきてその中には美人の部類に入るだろう者も数多くいたが、その者達では対象にならないほどの美しさをこの男を持っている。神子と言う立場でありながらそれとは似付かない不真面目で下品を思わせる様な言動。しかしその裏には自分の領域に他人を踏み込ませまいとする意思が感じられるのだ。もっともこの事に気付いている者はごく僅かだろう。私も護衛として長い時間を共に過ごす様になってやっと気付く事が出来たのだから。

予定よりも長引いた教会での仕事が片付き外に出れば、もう日はとっくに暮れており、夜空では幾つかの星が光を放ち存在を主張している。この星も美しい部類なのだろうけれど、やはりこの男と居ると他の美しいもの全てが霞んでしまうのだ。そこまで考えて苦笑する。すると私の前で揺れていた赤が不意に動きを止めてゆっくりとこちらに振り返った。その瞳が何故か潤み今にも泣き出しそうなのでどうかしたのかと尋ねれば口を開いては閉じ言うのを躊躇うかの様な動作をし、ぽろりと涙が一粒零れたのと同時に「痛い」と呟いた。幸い今は近くに他の者の姿は見えないがいつ誰が通るか分からない広場で神子が涙を流した事に驚きつつ「少しご辛抱を」と、その腕を引き急いで屋敷に戻る。この男が人前で涙を見せるなどそう滅多にある事では無く、よっぽどどこか痛むのかと柄にも無く緊張する。そして同時に、瞳を潤ませる神子へ善からぬ感情を抱く自分がいる事も自覚してしまう。あくまでも私は護衛と言う立場であり、この赤に想いを馳せるなどあってはいけない。私情を挟むなど任務に置いて許されはしないのだ。それくらいの事、とっくに分かっている筈だと言うのに。

「…神子、どうなされたのですか」

「……目にごみが入った」

「は、」

「俺さまの美しい瞳を汚すとは、ごみの癖に良い度胸してるじゃねーの…」

涙目になりながら怒りを露わにするその姿に思わず脱力する。自分が緊張したのが馬鹿の様だ。「洗浄すれば大丈夫ですよ」そう言って洗面所へと促し目をすすぐ様に言えば、唇を尖らして未だ少し不機嫌そうにしながらも渋々グローブを外し蛇口を捻った。何気無くその様子を眺めていると、水で顔を濡らす横顔が妙に色気っぽく思えて思わず視線を逸らす。それに目敏く気付くのは流石と言うべきか、白い清潔感のあるタオルで顔を軽く拭きながら「んー、どうしたの隊長さま。なんか落ち着かないみたいだけど」と不敵な笑みを浮かべる我が主。全く恐ろしい男だ、些細の変化すら見逃してはくれない。この分だともう私が自分の事を意識していると勘付いているのかもしれない。それ所かわざと私の心を乱すような事をしているとも考えられるのではないか。それは疑り過ぎだと自分に言い聞かし「何でもありません。それよりも、目の痛みは治まりましたか」そう質問で返し話題を逸らす。そうでもしないと何かヘマをやらかしてしまいそうなのだ。

私のその言葉に神子は少し考える素振りを見せて、何か良い事(私にしてみれば悪い事なのだろう)を思いついたらしく楽しそうに微笑みながらこちらに近付き体を密着させてきた。品の良い香りが脳に広がり、無防備に自分の体に触れてきた手に体が熱くなっていく。

「あんたが確認すれば良い。痛みが無くなっただけで、まだあるかもしれないし」

ほら、と私の手を握り自分の頬へと添える神子。一体何のつもりなのだろうか。本当に確認させたい訳ではないだろうに。思惑を読めないまま、一応ごみが残っていないか確かめる為に素手になり、そっと瞼に触れる。普段自分でもしないような事を他人にされて流石に緊張して不安を覚えているのが見て取れた。自分がしろと言った癖にこんな反応をする辺り、可愛らしいと思う。「大丈夫ですよ」と手を離せば軽く息を吐いて「ん」と短い返事。その表情はどこか面白く無さそうで腑に落ちないと言った様子だ。

「ったく、あんたホント真面目だな。俺さまがここまでしてんのにちっとも動揺しないとか…はあ」

俺さまのミリキが分からないなんて隊長さまも大したことないってことか、変わらず美しい赤を纏って好き勝手に言い始める男に、色々と限界だったのかもしれない。男にしては柔らかい体を壁側にやり腰に右手を回し前に引けば自然と崩れるバランス。右腕に力を入れてゆっくりと神子を床に座らせその上に覆いかぶさる。ここからどうなるのか分からない程この赤は初心では無い。けれどだからこそ驚きを隠せないのか「えっと、隊長さま…?」と少し上ずった声で私を呼ぶ。不安なのか恥ずかしいのか落ち着かない表情。触れると伝わってくるいつもよりも高い体温。そして先程までの無意識なのかわざとなのか分かりかねる言動全てが私の脳内で渦巻き、枷が外れてしまった。護衛対象に想いを抱き自らの欲を抑えられずぶつけてしまうとは、隊長の名が聞いて呆れる失態だろう。

了承も得ずに触れた唇。蛇口からぽとりぽとりと落ちる水滴の音に混じり粘着質な音が耳に届く。息継ぎをする暇さえ与えないそれにスカイブルーの瞳からまた涙が零れる。どうやら押しには弱いらしい。それとも私が上手いと自惚れても良いのだろうか。唇を離せば薄い桃色の唇からツウと垂れる唾液。何か文句を言いたげに二つの瞳がこちらを睨みつけてくるが、残念ながら全く怖くない。寧ろ、そう、もっと行為を続けたいとさえ思えてくるくらいだ。流石の神子もそこまで私が思っているとは分からないだろう。予想外の行動だったからこそ、こんなにも余裕を崩し私のされるがままになっているのだから。

「今だけ、ゼロス、と呼んでも?」

返事代わりの抱擁。野暮な事を聞くな、そう言う意味だろう。許された特別とこの先の行為。礼を言い、白い首元に傲慢にも自分の印を落とした。この美しい存在が自分だけのものになってしまえば良いと言う独占欲の塊の様な願望。しかしこの願いが叶うのは、案外直ぐそこなのかもしれない。(愛している、私がその言葉を口にするまであと、)

thanks! wizzy



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