全ては、終わった話だった。

明々と燃え上がる火の粉が、大気に色濃く残った魔力を取り込み、女の鎧を舐め上げる。
金属が熱を孕み、肌を炙った臭いが辺りに漂ったが、その表情が崩れることはない。ただただ涼やかな眼で、目の前の巨躯を──横たわる竜の屍を見ている。
固く結ばれた口が小さく動きを見せて、ぽつりと言葉が溢れた。

「もう、聞こえてはいないのだろうが」

三日三晩の死闘の果て、辛うじて掴んだ勝利の証を愛剣から滴らせ、女は静かに立ち尽くしている。時折瞬きをする眼と、口と、熱風に煽られたマント以外はぴくりとも動かない。鎧を貫く傷も多く、真新しいものもあれば既に血が乾いて固まっているようなものもある。
城塞を巻き込む炎から逃れるつもりはないようで、また、痛みに顔をしかめることもない。ともすれば、余韻を噛み締めているのかもしれなかった。
さもありなん。神に信仰を捧げ、王に忠を捧げ、民に身を捧げ、ただ剣を奮って敵という敵を殺し続けた生に於いて。

「最後に、一つだけ」

武神に信仰を捧げ技を磨き、自らを産み捨てた親の住む故郷を治める王に忠を捧げ、日々を壁の中で暮らす民の保全に身を捧げ、ただ剣を奮って、敵を切り捨て、殺し、殺し、艱難辛苦を最後まで”其”の為だけに歩み続けた生に於いて。
一つ。
女は此処に、存外に呆気の無い、されどもそう悪くもない、結末を得たのだから。

「ここに来て気が付いた。お前は私の生きる理由であったのだ。……お前が死んで、寂しい」

しかし、全ては終わった話だった。
炎が勢い良く巻き上がり、目に映るもの全てを飲み込んでゆく。

「謝ることは出来ない。死出の旅路に私が共連れでは不満かもしれないが、せめて、共に死ぬとしよう」